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「さて、ここは俺の出番だな」
 ウォレンが自信たっぷりに前へ出ると、腰に携帯していた大振りの軍用ナイフを取り出して構える。元軍人であるウォレンはこういった荒事で慌てる事が無く、頼りになる人物である。
「気をつけて下さいね。現役の警察官が束になってもかなわなかったんですから」
「束になるから駄目なんだよ。武器持ってる時はな、同士討ちを避けるために自然と立ち回りがぎこちなくなって思うように動けねえんだ。だから軍では連結行動の訓練を良くやったもんーーー」
 そう得意気に語るウォレンが一瞬ナイフの柄を握り直した直後だった。
「え?」
 妖刀を持った婦警は、恐ろしく鋭い踏み込みでウォレンとの距離を詰めると、下段から垂直に斬り上げて来た。
「うおっ!?」
 咄嗟にナイフで身を守るウォレン。すると次の瞬間には、鋭い金属音と共にウォレンのナイフは刀身だけが宙を舞い天井へ突き刺さった。
「後退!」
 叫んだのはエリックだった。三人は同時に踵を返すと、部屋から飛び出す。その後を婦警がすぐに追っていった。
「先輩、使えねー! あっさり得物やられてるじゃない!」
「うるせー! リーチが違い過ぎるんだよ! 大体不意打ちを防いだだけで十分凄いっての!」
 三人は一目散に廊下を駆ける。その目的地は定まっていないが、少なくとも無策で妖刀を持った婦警とやり合うのは無謀という判断は三人の中で一致していた。
 エリックは走りながら背後を見る。婦警は妖刀を下段に構えつつ、無表情でじっとこちらを見ながら追走して来る。速さは互角のようであるが、あちらはいささか走りに余裕が感じられた。
 先程の部屋には、負傷した他の警官達がいた。彼らに目もくれずこちらを追ってきたという事は、やはり無傷の人間に血を流させたい典型的な魔剣妖刀の症状のようである。
「おい、エリック! これどうするよ!? かなり本格的な武器か飛び道具でも無いと無理だぞ!」
「ここは一般人の邸宅ですから、そんなものは無いですよ! それに今から準備するのだって現実的じゃありません!」
「だからってよ!」
 走りながらウォレンは、廊下にあった大きな花瓶を一つ掴むと、それを婦警に目掛けて投げつけてみる。すると婦警は走る姿勢をほとんど変えずに花瓶を空中で真っ二つに斬り捨ててしまった。
「あれ、胴体真っ二つにするレベルだぞ」
「その割に、突入部隊の隊員達は、そこまでの致命傷を負った人はいなかったような。もしかして、取り憑いた人の腕前にも拠るのかも」
「だったら最悪じゃねーか! サーベル持ってたから、何かしら剣術やってる警官だぞ!」
「剣術……ああ、そうか! そこですよ、そこ!」
 突然一人納得したような声を上げるエリックに、ウォレンとルーシーは訝しい表情をする。
「その前にまず、鞘が無いと。あれ、さっきの部屋だったかな」
「それなら、ほら。さっき拾っておいたよ」
 ルーシーは黒檀で出来ているらしい妖刀の鞘を見せる。あのドタバタの最中に回収してくれていたようである。
「助かります! よし、これで勝ちの目が見えてきました」
「マジかよ、お前。あれどうすりゃいいんだ?」
「この先に、輸入雑貨のコレクションルームが幾つかあったはず。そこのシャルダーカ国の部屋に入ります。前の捜査で入った時にあれがあったから使わせて貰いますよ」
「シャルダーカって、まさかこっちも刀で応戦するとかじゃねーよな? 美術刀なんて、実戦じゃ屑鉄もいいとこだぜ」
「そんな無謀な真似はしませんよ。とにかく、作戦を聞いて下さい」
 そして、三人がいよいよ目的のコレクションルームに辿り着くと、一斉に飛び込んで両開きの扉を閉め中から鍵をかける。それに僅かに遅れて辿り着いた婦警は、扉の施錠など確かめもせず、手にした妖刀で扉そのものを一刀両断にする。
 扉を蹴飛ばしてコレクションルームへ侵入する。すると彼女の丁度真っ正面にはエリックの姿があった。
「く、来るな!」
 エリックは手当たり次第に、手近にあった雑貨や調度品を婦警へ投げつける。しかしそれらを瞬きもせず、あっさりと妖刀で斬り落とし蹴散らしながらゆっくりと歩み寄っていく。
 そして遂に一息で踏み込めるほどの間合いまで接近した時だった。エリックが手にしたのは木製のばちだった。それを見た婦警は自然と待ち受ける姿勢になった。それもまた自分へ投げつけて来ると思ったからである。しかしエリックはそのばちを投げつけはしなかった。大きく振りかぶると、すぐ隣にあったものへ力強く叩き付ける。それはエリックの背丈ほどもある大きな銅鑼だった。
「ッ!?」
 部屋中に響き渡る突然の大音に、婦警の体が反射的に固まる。その僅かな隙を逃さず、彼女の背後側の物陰に隠れていたウォレンが飛び出した。ウォレンは背後から婦警の両腕を取るように羽交い締めにし、そのまま自ら背後に倒れ込む。ウォレンの体重を支え切れない婦警は、両腕を取られたまま無理やり仰向けに寝かされる形になった。
「今だ!」
 その掛け声と同時にエリックは飛び出すと、婦警にのしかかり妖刀を持つ右手の手首を両腕で押さえ込む。どんな剣の達人であろうと、絶対に剣をふるえない形だ。
「確保ォ!」
「はいよ!」
 そしてエリックの掛け声と共に飛び出してきたルーシーは、婦警が未だに離さずにいる妖刀へ鞘を被せるようにして納刀させる。その直後、婦警の体は大きく一度痙攣すると、固く握り締めていた妖刀を手から離した。
「よし、取ったー!」
 ルーシーは妖刀の鞘だけを持って取り上げ、そう宣言する。それによりエリックもウォレンも安堵の溜め息をついた。
「はー、うまくいったか。マジで寿命縮むと思ったぜ」
「でもエリック君の作戦、なかなか良かったですよー。最悪先輩だけで済みますし」
「バカ野郎、縁起でもねえ事を言うんじゃねーよ」
「まあまあ。でも、やっぱり後ろから襲われた時の対応は出来ませんでしたね。警察官が習うのは競技剣術ですし、競技剣術は背後からの攻撃は反則になりますから」
 そんな時だった。三人に気付かれずに目を覚ました婦警は、おもむろに上半身を起こす。未だ半分のしかかったままのエリックの目の前に彼女の顔が迫り、視線が合った。
 驚きと気まずさが込み上げるエリック。すると婦警はエリックの方を見つめたまま満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり、エリック先輩じゃないですか!」