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 共用部分の階段を一気に駆け上がり屋上へと出る四人。するとそこには、顔を真っ赤にし大声で泣く幼い子供の姿があった。まだ十歳にも満たないであろう男の子で、下校途中といった格好をしている。
「あれ、もしかして、例の迷子でしょうか?」
「じゃねえの? ほれ、エリック。早く話聞いて来いよ」
「えっ、僕がですか? そんな子守りなんてやったことないですよ」
「いいからやれよ。俺は子供は苦手なんだよ」
 そんな押し付け合いを後目に、泣いている子供へ歩み寄っていったのはマリオンだった。
「ボクどうしたの? 今一人?」
 マリオンは男の子のそばに屈んで視点を合わせ、優しく背を撫でながらそう話し掛けた。男の子は泣きながらマリオンの方を向き、今一人でいると首を縦に振った。
「そっかあ。ここにはどうして来たの? おうちはここの近く?」
「分かんない。学校のね、近くのね、道路のとこの階段を上がったら、ここにいたの。それでね、出ようとしても扉が開かなくて」
 何度も嗚咽で言葉を切りながらそう話す。すぐにエリックは今出て来たばかりの扉を調べてみたが、鍵や蝶番におかしな部分は見当たらなかった。
「そもそも、僕らがここに来たときは鍵もかかってなかったですよね?」
「ああ、普通に開いたな」
「扉が重い訳でもなければ、錆び付いて動き難くなってる訳でもない。どうしてあの子は開けられなかったんでしょう?」
 そんな疑問に小首を傾げつつ、マリオンが事情を聞くのを待った。
「え、それじゃあお家は北区にあるの?」
「うん。お姉ちゃんここどこ? お家に帰りたいよう」
「大丈夫よ。お姉ちゃんがちゃんと送ってあげるから。ね? だからもう泣かないの」
 マリオンに励まされていく内に、男の子は不安が薄らいでいったのか徐々に泣き止んでいった。その事でエリックは、面倒なことにならずに済んだと安堵の溜め息をつく。
「エリック先輩、そういうことなので、これからこの子の事を送り届けに行きますけど」
「ああ、僕も一緒に行くよ。親御さんには説明をしないといけないから」
 北区に住む子供が、いつの間にか正反対側の南区へ迷い込んだなどと説明した所で、保護者が納得するとは到底思えない。何かしらのフォローが必要であり、それは新任のマリオンには任せられないからだ。
「一旦ここ任せてもいいですよね?」
「いいですよー。なんか本当にありそうだし、私が変なとこないか調べといてあげる」
「適当な所で執務室に戻るさ。話のまとめはそれからだな」
 この場をウォレンとルーシーに任せ、エリックは男の子を連れたマリオンと共に屋上を出ようとする。丁度その時だった。
「おや? あんたら、どちらさん?」
 不意に一人の老人が屋上へやってきた。彼は訝しげに四人の姿を見やる。
「役所の者です。最近、この辺りで不審な出来事が続いているとの声が寄せられたため、調査をしている所です」
 咄嗟にエリックはそう当たり障りのない説明をし、支給されている官吏としての当たり障りのない身分証を老人へ提示する。
「ああ、お役人さんでしたか。いや、何ね、この屋上にしょっちゅう子供が入り込むんで困っていた所なんですよ。今だって泣き声が聞こえたからこうして様子を見に来た所で」
「あなたはここの管理人ですか?」
「ええ、もう三十年はやっておりますよ。まあ、それも今年いっぱいですけどね」
「と言いますと?」
「ここ、今度壊されるんですよ。流石に老朽化が激しいですから。もう住んでる人もほとんどいないですし」
 さほど傷んでいるようには思えないが、他の住宅の新しさから余計に古さが目立つのだろう。住宅の供給過多も囁かれるが、その分住人は少しでも新しい方へ流れがちなのかもしれない。
「しかし変だなあ。屋上は入れないように鍵をかけているんだけど。昔ここで事故があったもので」
「もしかして僕ら、鍵壊してしまいました?」
「いえ? 今鍵を開けて入ってきましたから」
 それはおかしい話である。エリック達が屋上に入る時、扉は特に引っかかりもなく普通に開いたのだ。しかし後から来た管理人が開けようとした時は鍵はかかったままだった。誰かが悪戯でかけたにしては意図が読めず、そもそも時間的に管理人とかち合わずに出るのは不可能だ。
 子供が迷い込んで来る事実、そして建物自体にも何かがある。特務監査室として扱うべき案件には違いないようである。建物に子供が迷い込むことが事実だとして、取り壊された後は果たしてどうなるのだろうか。現象が止むのか、それとも跡地に引き続き子供達が迷い込むのか。
 何にせよ、まずは調査である。異常な出来事などそうそうあるものではない。それが、この特務監査室に入ってから辿り着いた観点である。
「ひとまず、あの子は我々の方で両親まで送り届けますので。すみませんが、ここの調査の協力をお願いできますでしょうか」
「はあ、分かりました。とは言っても、別に変わったところもない建物ですけども」