BACK

 執務室へ戻ってくると、ずっと体調が悪そうだったルーシーは応接スペースのソファーに深く座り、全身を背もたれに預けながら天を仰いだ。あまり行儀の良い姿勢ではないが、その余裕が無いほど体調は酷いようである。
「ルーシーさん、念のため医者に行ってみたらどうです?」
「うーん、大丈夫。ちょっと釘刺されただけだから、少し休めば平気」
 深い溜め息をつきながら天井を見上げるルーシー。顔色は幾分良くはなったが、これがあのオズボーンのかけた呪いであれば、あまり楽観視も出来ないように思う。
「それで、どうだったのかしら?」
 そう訊ねる室長に、ルーシーは思い切り首を横に振った。
「無理無理、あれは無理ですよ室長。本当に、あれ作った奴、絶対頭おかしいですって」
「じゃあその縫いぐるみは、うちの手に負えない感じかしら?」
「少なくともうちらじゃ無理です。ってか、浄化なんて出来るのかなアレ」
 それほどあのオズボーンは危険なものだったのか。
 しかしエリックにはあまりピンと来るものがなかった。曰く付きの物はこれまで何度か関わってきたが、いずれも何処かしらおどろおどろしい雰囲気をまとっていた。けれどあのオズボーンは、実際見て触ってみても単なる熊の縫いぐるみ以上のものは感じられなかったのだ。
「ルーシーさん、あれって結局の所は何なんですか?」
「そうねえ。蠱毒って前に教えたの、憶えてる?」
「はい。色々な毒のある虫なんかを同じ容器に入れて共喰いさせ、呪いの媒介に使うというものですよね」
「オズボーンはね、それと同じ原理で作った物よ」
「同じ原理? 毒虫の代わりに何か入ってるんですか?」
「動物霊だの低級霊だの、悪霊だの怨霊だの。そこに更に強い恨み辛みを持った人間の手を転々とさせたんじゃないかな。今オズボーンを名乗ってるのは、そういうごちゃ混ぜになった念の一番強いやつか、もしくは統合されて出来た意識みたいなものね」
 悪党を交わらせる事でより危険な悪党を生み出し純粋培養するやり方、そうエリックは解釈する。そんな事が実際可能かどうかはさておき、あの縫いぐるみがきっかけで危険な事件が起こり始めたのであれば、何かしら対策を打たねばならない。何より持ち主は力のない幼い子供なのだ。
「良く分かりませんけど……危ない物なら今すぐ無理にでも取り上げないといけないんじゃありませんか?」
 そう主張するマリオンに、ルーシーは首を振る。
「それやって大怪我したのが誰か、もう忘れたの? 仮に無理に取り上げた所で、自分で勝手に戻ってくる訳だし。かと言って燃やしたりなんかすれば、縫いぐるみって器に収まってたオズボーンがますます自由に動き回って手が着けられないわよ」
 そうですか、とうなだれるマリオン。マリオンは新人以前に、こういった物への対処方法を知らない。経験の浅さは致し方ないのだ。
「それで、特務監査室としてはどうするべきでしょう?」
「オズボーンは、どういう訳かステファニーの言う事に反応してるみたいなんですよね。ただ無差別に呪いを振りまいている訳じゃなくて、ステファニーが嫌だと思った事に対して、思った強さに応じて。だからオズボーンには、何かしら知性みたいなのがあると思うの」
「そうなると、経過観察という形になるかしら?」
「それしか無いです。少なくとも、ステファニーが良い子でいる内は問題無さそうですし」
 危険な物とはいえ、安全な取り扱い方が分かるのであれば、その通りに扱う他無いだろう。しかし、それを持つのが何の事情も知らない女の子である。土木工事に使う爆弾を子供に持たせるようなものだ。そうなると重要なのは保護者の監督になるのだが。
「それでは室長、ハイラムさんにはどう説明しましょうか? 流石に馬鹿正直に、うちの手に負えません、とは言えませんけど」
「ハイラムさんには、私の方から話しておきます。この件に関しては、なるべく正直に話した方が良さそうですから」
「オズボーンの危険性も、うちの手に余る事もですか? 確かに対処方法は無くも無いという訳ですけれど」
「大丈夫よ。要は対処方法の有無が大事なの。それにあちらの家庭の問題になるのだから、私達が強引に首を突っ込む事ではないわ」
「そうは言いますけど……」
 医者が匙を投げるような結論ではないだろうか。ステファニーの機嫌を損ねるような事をしなければ、オズボーンは何もしない。そんな対処方法で立ち向かえる物では無い。少なくとも、あの日見たハイラムの様子からはそこまでの気迫は感じられなかった。
 室長がそれで良いと判断するならば従うが、エリックは今一つ納得が行かなかった。それよりもオズボーンを物理的に引き離し、絶対に戻ってこれない場所、例えば深海の奥深くに沈めるなどした方が遥かに安全だと思うのだが。
「そう言えば、ウォレンさん。何だか縫いぐるみに随分詳しかったですね?」
 ふと思い出したようにマリオンがウォレンに訊ねる。
「ああ。俺、縫いぐるみ鑑定士二級の資格持ってんだ。人が長く持つ物って、曰く付きになることが多いからな。関係しそうな資格は片っ端から取るつもりなんだ」
「そんな資格あるんですね。私も何か始めようかなあ」
 ウォレンが何かしら資格の勉強をしているのは知っているが、まさかそんな資格を取っていたとは。エリックは驚きつつやはり見た目にそぐわないなと、内心苦笑いする。
「ハン、結局なんも役に立ってないじゃないですかー。資格持ちなら、あれくらいの縫いぐるみどうにかして下さいよ」
「うるせーな、そういうものじゃねえんだよ。だったら今度、悪魔払い検定でも受けっかなあ」
 そんな資格、本当に実在するのだろうか? 真偽はさておき、ウォレンは本当に取ろうとするのだから侮れないものがある。