BACK

「大変申し訳ないのだけど……」
 その日の朝は、申し訳無さそうな表情で前置きするラヴィニア室長の言葉から始まった。
 昨日は大型の台風が通過したことで、聖都は一晩中酷い風雨に曝された。今朝に登庁して来る時も、見慣れた路面は濡れているだけでなく様々なゴミが散らばり、そこかしこで建物の修繕を行っている姿が見られた。そしてラヴィニア室長の頼みとは、まさにそれに関係するものだった。
「北区にある、第九番倉庫の事なんだけど。あそこ、どうやら昨夜の台風のせいで雨戸とかが壊れちゃったみたいなの。それで、今日はみんなにそこの修繕をして欲しいの。資材は手配しておいたから、到着する頃には届いてるはずよ」
 すると、マリオンが不思議そうに訊ねる。
「倉庫の修繕って、業者に頼む事は出来ないのですか? 私達は大工仕事は素人ですし、特務監査室の所有物なら尚更専門の人にきっちりやってもらった方が良いのでは」
「うーん、普通の倉庫ならそうする所なんだけど」
「普通じゃないんですか?」
 それについて、ウォレンが要約する。
「俺らが、非科学的な代物を扱う仕事をしてるのは分かってるだろ? その業務で回収した物は、性質とか危険性を判定して安全なところに隔離してんのさ。世間に流通してまた騒ぎを起こさないようにな。そういうための倉庫って訳だ。お前のあの一件だって、刀はちゃんと隔離してるんだぜ。今回とは別のとこだけどよ」
「あの妖刀とかいうものですか? てっきり、危険だから折って屑鉄にでもしたのかと思ってました」
「下手に壊すと何が起こるか分かんねえからな、そういう曰く付きの物は。よほど確定的な対策法でも無い限り、世間から隔離するのが無難なのさ」
 特務監査室の業務では、時折非科学的な代物に関わりそれを回収する事がある。それらはランク付けされた後に適切な収容施設へ収容し世間から隔離する。下手に破壊した場合、それに宿っていた良くないものが拡散し更なる被害を及ぼした古い事例があるために決められた方針だ。
「なるほど、そういう施設だから私達が修繕もしなくてはいけないんですね」
「そういう事だ。まあ、修繕についてはそんなに心配すんな。俺がちゃんと指示出ししてやる。俺は建築技師二級の資格持ってるからな。これ、大工仕事の受注も出来るすげー資格なんだぞ?」
 ウォレンの語る建築技師の資格は、去年に苦労の末に取得したものである。ウォレンの持つ様々な資格はほとんどが限定的で使い道の思いつかないものであるが、これは数少ない潰しも利く実用的な資格である。
「それで、室長。その第九番倉庫って、何を収容しているんです?」
「いわゆる幽霊が取り憑いた物よ。絵画だとか人形だとか鎧だとか。勝手に動いたり喋ったり、そういう類いの物。でも街中の倉庫だからね、比較的害のない物ばかりだから不慣れなマリオンでも大丈夫よ」
「わ、分かりました……」
 マリオンは明らかに困惑した表情で返答する。無理も無い、とエリックは思った。自分も初めて聞かされた時はそんな反応で、比較的害のない物があるなら害の強い物も存在するというのか、などと色々な事を考えてしまうのだ。
「まあ、僕もサポートするから。そんなに緊張しないで」
 エリックは収容のために第九番倉庫には何度か入った事があった。幽霊に関係する倉庫とは聞いているが、幽霊そのものはまだ一度も目にした事はない。ただ、昼間でも雨戸は閉め切っているので暗く不気味な場所である事は良く印象に残っている。
「では、早速向かいますよ。掃除とかも考えると、きっと一日がかりになると思いますが」
「ええ、終わり次第直帰で構わないわよ。報告は明日に」
 そしてエリック達は、公用の馬車を使い北区の第九番倉庫へと向かう。
 その一帯は、似たような古い倉庫が幾つか建ち並ぶ倉庫街だった。しかし、時代が変わるに連れて再開発も進み、この古い倉庫がくっきりと悪目立ちしている。おそらく今残っている倉庫は国有の物であるため再開発の対象になっていないのだろうが、流石に景観を損なうみすぼらしさだとエリックは思った。
「相変わらずボローい。これ、いい加減建て直せばいいのに」
 着いて早々にルーシーが愚痴っぽく語る。どことなく不機嫌なのは、明らかにこの仕事に気が進んでいないからだ。基本的にルーシーは肉体労働を嫌う。
「確かに随分みすぼらしいと言うか。これって、いつからあるんでしょうか?」
「特務監査室が出来る前らしいよ。使われなくなった中古の倉庫を買い上げたから、既に随分古かったんだろうね。発足当初は、ここで全ての押収物を保管してたそうだ」
「なるほど、それじゃあ台風で壊れる事もありますね。それで、その倉庫はどれなんでしょうか?」
「ああ、あれだよ」
 そうエリックが指差す、倉庫街の倉庫の一つ。その搬出入口には、無造作に資材や道具の入った箱が置かれていた。おそらくそれがラヴィニア室長が手配した修繕用の資材だろう。
「ったく、また受領書も無しに置きっ放しにしやがって」
 ウォレンは腹立たしいと言わんばかりの表情で、置かれた資材や道具を確認する。
「まあ、仕方ないですよ。こっちの事情を詮索しないでくれる店なんてそこぐらいですから」
「ったく、俺が一度徹底的にリフォームして、細かい修繕なんかしないで済むようにしてやりたいぜ。こんなにボロ倉庫なんざよ」