BACK

 少し早く帰宅したエリックは、その帰路の途中でゴールドのために必要な物を買い揃えた。基本的なものはペットショップで揃えられた。ペットフードや消耗品、それから移送用のグリップのついたカゴ。昔、実家では猫を飼っていた記憶があるため、さほどゴールドを引き受ける事には戸惑いはなかった。むしろ新鮮さと懐かしさを覚え、日常生活に良い張りが出るようにさえ思った。
 自室に帰宅しゴールドを放してやると、カゴから飛び出したゴールドはすぐさま部屋中を縦横無尽に駆け巡った。
「お、おい! そんなにはしゃぐな!」
 そうエリックが注意すると、ゴールドは明らかにエリックの方を見ながら足を止める。分かってくれたのかと安堵するのも束の間、すぐにゴールドは駆け回りを再開する。
「うわっ!」
 ゴールドの走りは容赦が無く、部屋を散らかすばかりか物を倒したり割れ物を壊したりと、短時間で次々とおおよその事をやり遂げてしまった。流石にエリックもこれには閉口し、表情から笑みが消え失せる。
「そら、捕まえたぞ」
 エリックはゴールドの一瞬の隙をついて首根っこを掴むと、一旦カゴの中へ閉じ込める。
「掃除が終わるまで、少しここにいろ」
 そして溜め息をつきながらゴールドが散らかした後片付けを始める。その間もカゴの中のゴールドは、しきりに大声で鳴き抗議をするがエリックはそれに一切耳を貸さず、黙々と作業を続ける。思い返せば、実家で飼っていたあの猫の名は何だっただろうか、あの猫はこういった粗相は一切無かった。その分愛想もなく、一緒に遊んだ覚えも無い。当時はそれに物足りなさを感じていたが、ゴールドの落ち着きのなさを実感した今となってはなんとありがたいことだろうか。
 掃除が終わるとエリックは、カゴ越しにゴールドの目を見て対峙した。
「いいか、二度と走り回るなよ。これ以上物を壊されたらたまらないんだ。余計な出費が増える」
 ゴールドは一声鳴いて了承の返事をしたかのような素振りを見せる。動物にそこまでの理解を求めている訳でもないエリックは、溜め息をつきつつカゴからゴールドを出してやる。ゴールドがどう動くのかをエリックは警戒していたが、本当にエリックの言葉が理解できたのか、ゴールドは再び走り回る事はせず、部屋の中を静かにうろうろとし始めた。分かったのなら良い、そう思いエリックは部屋着に着替えソファーでくつろぐ。エリックは買ったばかりの週刊誌を読み始めた。ゴシップ記事に興味はないのだが、こういった所に意外な真実が隠れている事もあるため、定期的に飼ってはチェックしている。前よりも与太話を楽しむ余裕は出て来たが、これではプライベートまで仕事が延長になっている気がしないでもない。
 それからしばらくした後だった。おとなしいゴールドの存在を忘れかけていたエリックの膝に、おもむろにゴールドが乗ってきた。ゴールドはそのままじっとエリックが広げる週刊誌を読み始める。実際に読んで理解しているとは考え難いが、少なくともそう見えるポーズをとっている。
「なんだお前? こんなのに興味あるのか?」
 冗談半分で訊ねてみると、ゴールドは首だけ後ろを向いて、エリックの目を見ながら一声鳴いた。それはまるで肯定か否定かの返事のように思えた。
 そんな事があるはずがない。単に構って欲しいだけだろう。
 エリックはゴールドをそのままにし次のページをめくった。すると、ページをめくろうとした手をゴールドが前足で押さえた。その手を除けてもう一度めくろうとするものの、やはりまだ読んでいる途中だと言わんばかりの仕草である。
 やはり構って貰いたいだけだと思ったエリックは、ゴールドをソファーの隅へ移動し、続きを読むことにする。
 ゴールドの挙動は、如何にもやんちゃな子猫そのものだが、とてもルーシーの親戚が言うような手に負えない危険性は微塵も感じられなかった。彼らは一体ゴールドの何におののき、ルーシーの下へ押し付けたのだろうか。単なる子猫のやんちゃに手を焼いただけにしては大袈裟過ぎると思わずにはいられない。
 その後もゴールドは何度もエリックの下へ来てちょっかいを出しては遠ざけられるを繰り返した。現状この程度で大した実害はないが、時間が経つに連れて顕在化するようなタイプである可能性もある。当分はこの調子で観察していかなければならないが、これでは完全に二十四時間勤務中であるのに変わりがない。どんな異常現象が起ころうとも構わないと思っていたが、それよりもただの世話焼きの方が遥かに過酷である。そうエリックはげんなりした気分で思った。
 やがて就寝の時間となり、エリックは寝間着に着替え床へつく。するとゴールドがすかさずエリックの下へやってきた。
「なんだよ、もう寝る時間だ」
 そう伝えてエリックは横になる。するとゴールドはエリックの胸の上に乗って丸くなり、自分も寝るとばかりの姿勢を取った。
「おい、重いぞ。上に乗るな」
 エリックはゴールドを胸の上から追い払う。それでもゴールドは何度かエリックの上に乗ってきたが、そのたびに追い払われるため、やがてエリックの足の方へ移動しそこで寝始めた。
 ようやく落ち着けるか。そんな溜め息をついてエリックは目を閉じた。
 この生活にも早く慣れなければ。そう思いつつ、一体ゴールドにはどんな危険性が潜んでいるのか、そればかりがずっと脳裏に引っかかったままだった。