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「と言う事なんですが……」
 登庁したエリックは、今朝の顛末をみんなの前で説明する。エリックの話は、机の上に並べられた金貨の小山により疑いようが無かった。ただの幸運にしては不自然だと思うのに十分過ぎる額なのである。
「つまり、ゴールドがエリック君に金運をもたらしている、という事かしら」
「あくまで現状での憶測ですけど。ただこんな露骨な臨時収入、普通は有り得ませんから」
 ラヴィニア室長は確かに普通ではないと頷く。それは他の二人も同様だった。
「よし、エリック。ここに三枚の紙があるから、裏に丸があるやつを選んでみろ。当てたら銅貨一枚だ」
「分かりました」
 ウォレンに言われた通り、エリックは一枚の紙を勘で選んでめくる。するとそこにはインクで描いたばかりの丸があった。
「ほう、本当に引いたな」
「では、今度は私が。山からカードをお互いに引いて、数字の大きい方が勝ち。勝ったらクッキーをあげましょう」
 室長が差し出したカードの山、エリックは深く考えず真ん中辺りから一枚取る。同様に室長もカードを引き、同時に開く。すると、室長のカードが三に対してエリックは十だった。
「今イカサマしてたのに、それも効果がないのね。これは凄いわ」
「室長もそういうこと出来るんですね……。それにしてもイカサマすらお構いなしに勝てるなんて。単なる幸運じゃ片付けられないですね」
 改めてゴールドの方を見ると、特に今のやり取りには関心を持っていないらしく、応接用のソファーの上を無邪気に飛び跳ねている。ただゴールドが存在するだけで作用する幸運という事なのだろうか。ならば、そのトリガーは何になるのか。ターゲットはどう決めるのか。まだ調べる事は多い。
「でも、エリック先輩。これって、何かまずいでしょうか? お金が出て行くのはまずですけど、入って来る分には問題ないんじゃ? しかも誰かのお金を奪ってる訳でも無いんですし」
「でもそれがゴールドのせいなら、問題だよ。この事が知れたら、みんなでゴールドを奪い合ってもおかしくないからね」
「あ、そっか。合法的に幾らでもお金が入って来るんですからね。誰だって欲しがっちゃうか」
 ゴールドとの因果関係が分かれば、誰でもゴールドを我が物にしたくなるだろう。それは確実に争いの種となる。仮に争いが起きなかったとしても、聖都の貨幣の流通が不自然になり混乱を来す可能性もある。どちらにしても、特務監査室が未然に防ぐべき事態だ。
 彼がどういう猫なのか。それが見えてきた途端に、ゴールドの存在感がエリックの中で高まっていく。取り扱いを間違えれば非常に危険な猫である。ぞんざいに扱い、それが不満で逃げられようものなら大惨事だ。
「なあエリックよう。それでこの金、どうするんだ? パーッと使って遊んじまうか?」
「しませんよ。とりあえず、どこかの慈善団体に寄付するつもりです」
 真顔で返すエリックに、ウォレンは狼狽える。
「え? いや、官吏だからさ、そういうのはいいと思うけどよ、ちょっとくらいいいだろ?」
「駄目です。そういうちょっとした所から後々大きな問題に発展するかも知れないんですから」
「固いなあ、お前は。しかし、当面はお前が面倒見るんだろ? なんつうか、大丈夫か? もしこれが、単にお前の金運が先払いされてるだけだったらさ、お前、どこからか一生臨時収入が無くなるかも知れないんだぞ? だったら今の内に楽しんだ方がいいんじゃねーの?」
「そんな事なら別に困りませんよ」
「え? 何で?」
「僕は官吏の給料で十分生活が出来ています。臨時収入が無くなろうと、何ら困る事はありません。それに身の丈に合わないお金は必ず自分や周囲を破滅させますから、持たない方が良いんです」
 エリックが確固たる意思で述べているのは、その堂々とした口調と揺らぎのない表情から明らかだった。生活出来るだけの金があればいい。言うのは簡単だが、実際に贅沢が出来る状況にある人間が断言するのは並の意思では出来ない事である。まさに贅沢が出来るという事ばかり考えていたウォレンは、エリックの言動にはひたすら感心するばかりだった。
「お、お前……マジですげえな。そこまで達観できるもんかよ。流石は室長補佐」
「やっぱり、エリック先輩は一本芯が通っててカッコいいなあ。私、そういう所も好きです」
「では、引き続きエリック君が担当で良さそうね。エリック君なら、どんなお金が入ってきても問題は起こさないでしょうから」
 それは室長でも同じだろうとエリックは思ったが、ただでさえ多忙な彼女にあんなやんちゃ者を預けるのは酷である。自分がゴールドに適任だ、そう思った。
 その時、始業から随分と遅れてルーシーが執務室へやってきた。
「おはよー。あ、やっぱりそういう事になってたわね」
 早速ルーシーは机に並べられた金貨を見て頷く。
「今朝はどうかしたんですか? 随分遅いですけど」
「例のろくでなしの親戚のとこ行って問いただして来たのよ。逮捕するぞって脅してようやく口割らせたわ。で、やっぱりこういう事だったの。あのゴールドに気に入られると、不思議とお金が集まって来るんだって。それで身内同士で派手にやり合って、死人が出る前に引き離してうちに持ってきたんだってさ。今ろくでなし共は愛想笑いしながら関係修復中よ」
「じゃあその人は、善良な方じゃないですか。自分が占有しなかったんですから」
「どうだか。家の中には妙に立派な家具やら服やら沢山あったし。大事になって怪しまれる前に放り出したんじゃないの」
 結局の所、大半の人間は目先の金には簡単に釣られ理性を失うという事だろう。金の魔力は、確かに手に負えないものである。退き際を決められるだけでも、まだ理性的なのだろう。