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 特務監査室は時折地方への出張がある。基本的に活動範囲は聖都なのだが、地方でも特に深刻そうな事件がある場合は出張して調査や対応を行うのである。それらが聖都へ入り大騒動にならないよう、早めの対処が必要なのだ。
 そして今回の出張は、エリックは非常に複雑な心境だった。それは、同伴者がマリオンだったからである。
 馬車の車内に二人で乗る状況に、マリオンは露骨に機嫌良くにこにこしていた。むしろ浮かれているような感がある。仕事に支障を来さないだろうか、それが心配だ。
「ウフフ、なんだかちょっとした旅行みたいでいいですね」
「これはあくまで仕事だよ。僕らは公僕なんだから、あまり迂闊な事を言わないように」
「はーい。エリック先輩は今日も固くて真面目ですね」
 からかうようなマリオンの口調は、明らかに浮かれの色が出ている。こういう時は先輩として厳しく注意するべきだが、そういった事がエリックはどうしても苦手だった。普段だらけきっているウォレンやルーシーには遠慮無く物事を言えるのだが、普段真面目なマリオンにはどうしても気後れがしてしまう。
 エリックとしては、男同士の気楽さもあり、ウォレンとの出張の方が良かった。しかし今の聖都では別の事件が起こっていて、どうしても力仕事が出来る人員が必要だった。出張には現場責任者が必要であり、結果的にこういった組み合わせとなったのだった。
「とにかく……案件の内容を再確認しておこう」
「はい。資料は準備していますよ」
 そう言ってマリオンは二人分のファイルを取り出す。そこには室長から受け取った資料と、関連する出来事などを分かりやすくまとめたレポートが付けられていた。マリオンのこういった細やかな仕事ぶりは本当に助かるのだが、そうエリックはつくづく残念に思う。
「場所はケルク村、鉱石の採掘が主な産業ですけど年々採掘量は減り、それに伴って人口も減っているようですね。ただ、空き家や土地を若い世代に無償で譲渡する政策を実施し、なんとか過疎には歯止めがかかりつつある状況です。対象者は、その政策で後から村へ家族で移住してきています」
 その対象者の名前はクロヴィス。年齢は八歳、性別は男、地元の小中併設の学校へ通う二年生。物静かで成績は上の下、友達は無く、問題は起こさないが存在感も無かった子供だ。しかし、この三ヶ月の間に彼の近辺では非常に不可解な出来事が頻発している。
「これ凄いですね。この子の周りで、もう九人も不審死するなんて。しかも妙に子供が多いし」
「警察出身者として、こういう不審死ってどうなの?」
「不審死って二種類あるんです。一つは腐敗や損壊などの理由で死因が特定出来なかった場合、もう一つは、なんか古巣の悪口になっちゃいますけど、死因を特定して欲しくない場合です。そういう時って上からストップがかかるんですよねえ」
「まあ、どこの組織にも事情はあるんだろうけど……。とりあえず、今回のケースは前者になるのかな」
「おそらくそうですね。ただ、特務監査室に出番が回って来るという事は、言葉通りの不審死って事ですよね」
「だろうね。何にせよ、オカルトの類が死因でも、異常な人間の仕業であっても、慎重に事を進めないと。僕らまでが被害者になってはいけないからね」
「はい、分かりました」
 マリオンは素直である分、いざという時の立ち回り方を知らないため、かえって危険へ突っ込みやすいのではという危惧がある。慎重に事を運んでくれるよう、自分も指示をきちんとしなければならないだろう。未だ存在を受け入れる事に抵抗はあるが、世の中には確かに人を殺す不可解な何かが実在するのだ。マリオンをその犠牲者にする訳にはいかない。
「ねえ、エリック先輩。話は変わりますけど。出張先って、ホテルとかあるんでしょうか?」
「村長の依頼だからね。滞在中は村長の屋敷に泊めてくれるそうだよ」
「そっかあ。同じ部屋ってことはないんでしょうかね」
 そう意味深に微笑むマリオン。エリックは真顔のまま小さな溜め息をつく。
「だから、僕らは遊びで来ているんじゃないんだよ」
「いつか一緒に休暇取って遊びで行きたいです、私」
 本気で言っているのか冗談で言っているのか、普通はそう悩む所ではあるのだが、マリオンはまず間違いなく本気で言っている。真っ直ぐな性格が故に、思った事をそのまま口にする事を躊躇わない時は躊躇わないのだ。