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 クロヴィスの家へ着くと、丁度クロヴィスが玄関から出て来た所だった。これから学校へ向かうのだろう。
「あ、エリックさんとマリオンさん。おはようございます」
「おはよう、クロヴィス君。それでちょっと悪いんだけど、今日は学校休んでくれるかな。大事な話があるから」
「大事なとは、遂に法則性が分かったんですか?」
「そういう事になるわ」
 マリオンの言葉に、クロヴィスは僅かに顔に緊張の色を見せた。長年自分達を苦しめてきたこの奇妙な現象の理由を掴めた事に、期待と不安感が入り混じっている。
「分かりました。どうせ学校じゃあまり歓迎されてませんから」
「それと、ちょっとこのまま外で待っててね。少ししたら呼ぶから」
「外で、ですか?」
「まずは大人同士の話があるのよ」
 そう誤魔化し、マリオンは玄関のドアをノックして母親を呼ぶ。
「ああ、おはようございます。今朝は何か?」
「大事なお話がありますので。まずは、我々のみで」
 そして三人は再び昨日と同じリビングに着席する。
「恐らくですが、クロヴィス君の法則性について分かりました。そこでまずはそれついて確かめたい事があります」
「え、そうなんですか? それで確かめたい事と言うのは」
「ここだけの話にしますので、正直に答えて下さい。あなた、ホーマーさんと不倫していましたね?」
 マリオンの真っ向からぶつけられたシビアな質問に、クロヴィスの母親は思わず口元を押さえて息を飲む。そして助けを乞うような視線を隣のエリックへ向けるが、エリックもマリオンと同じ意図らしく微動だにしなかった。
「な、何をおっしゃっているのか分かりません」
「正直に、とお願いしたはずです。どうなんですか?」
「それがクロヴィスと何か関係あるのですか……?」
「あるから問題なのです。答えて下さい。クロヴィス君に起こっている事を、このまま曖昧にはしたくないはずです」
 やがてクロヴィスの母は観念したのか、一度深呼吸をし静かに話し始めた。
「はい……。でも、深い関係になったのは本当に最近の事です。最初のきっかけは、家の事で男手が必要になって少し助けて戴いた事があって……」
「昨日は?」
「はい、昨日も……。その、前から少しほのめかされていたのですが、村を出て一緒になろうと。私は断り続けてはいましたが……」
 ホーマーの情熱に絆されて、了承してしまった。二人でこの村から出て行くことを。
 それはつまり、悪い噂が絶えないクロヴィスを置き去りにし、出稼ぎ中の夫を捨て、自分は新しい人生を送るという事だ。彼女の事情が普通ではないにせよ、流石にエリックは込み上げて来た不快感を表情に出さずにはいられなかった。エリックにとって親が子を捨てるのは有り得ない蛮行でしかないからだ。
「それで、これが何に関係があるのでしょうか?」
「法則です。クロヴィス君の周りで人が死ぬのは、クロヴィス君から何かを奪った時なんです」
「何かを奪う?」
「この場合は、母親を奪われた、という所でしょうね」
「なら、一体誰が直接手を下したのですか? まだ犯人は分からないのですよね?」
 そう、犯人さえ捕まれば問題は解決する。クロヴィスの身に何が起ころうとも、それが理由で人が死ぬ事はなくなるのだ。
 すると、突然エリックが口を開き会話に入って来た。
「所謂実行犯にあたる人物は存在しません。これは、ある法則に基づいた現象なのです。科学的に解明する事は可能かも知れませんが、今の水準ではまず不可能でしょう」
「そんな! どこにそんな突拍子もない話があるのですか!」
「あるものはある、そういう事です。それに、あなたも薄々これが普通ではないと実感されているのでは? あなたとホーマーさんの関係、そして決心したタイミング、慎重に秘匿していたはずのそれらを、こうも正確に知る事の出来る存在が普通ではないと思っているはずです。どの道、殺人の絡繰りは解明出来ません。それならば、殺人を防ぐ手立てを確立する方が遥かに現実的です」
 クロヴィスの母親は言葉を続けられずに黙り込む。母親という立場を浮き彫りにされ、子を蔑ろにするような言葉を口にする事が出来なくなったからだろう。
「クロヴィス君には、上手く言い繕っておきます。あなたも知られたくないでしょうから。ですが、これからは良い母親でいて下さい」
 しかし、安易に口にしてしまったエリックのこの言葉が、再び彼女の表情を変える。
「良い母親、良い母親……他人事だからと言って気安く……! こんなまともではない状況で良い親をし続ける苦労が、他人に分かってたまりますか! あなた達は、人の親になったことがあるんですか!?」
「いえ、それはまだ……」
「なのにあんな無責任なことを! 私はあなた方にこれ以上頼るつもりはありません! 出て行って下さい!」
 そしてエリックは、クロヴィスの母親に肩を突き飛ばされよろめく。それでも説得を続けようと踏みとどまるエリックだったが、クロヴィスの母親はそんなエリックを見て傍にあった何かの小物を手に掴む。その直後エリックは、一瞬で表情が消えたマリオンが上着の中へ右手を伸ばすのを見てしまう。エリックは慌てて飛び退きながらマリオンへ近付き、右手を押さえる。
「大変失礼いたしました。我々はこれでお暇いたします。それでは」
 エリックは殺気立ち始めたマリオンの腕を引きながら、家の外へ出て行った。外ではクロヴィスが二人の様子を驚いた表情で見ている。しかしエリックはクロヴィスに対し、言葉少なくそのまま立ち去った。母親があのように激昂している以上、留まってじっくりクロヴィスへ説明するのは困難だと判断したからだ。