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 東区の片隅にある小さな法律事務所。主に民事の小さな案件ばかりを扱うここの所長はラヴィニア室長と昔馴染みらしく、その伝手で今回の仕事は舞い込んできた。
 特務監査室の執務室と同じ程度の広さしかない事務所、その応接スペースに今回の依頼主である青年は佇んでいた。彼の名前はオーウェンといい、現在器物破損で訴えられている。
「あなたが依頼人という事でよろしいでしょうか」
「ええ……。それで、あなた方は? 僕のこの体質を証明してくれるかも知れないと所長から聞いているのですが」
「いえ、それは流石に。ただ、本件が過失か否かを証明するくらいです」
「それで十分です。裁判で過失と認定して貰えれば、弁償費用を保険で補填して貰えますから」
 僅かばかり希望が見えて来た、そんな喜びを表情から窺わせるオーウェン。保険が適用されなければとても負担しきれないほどの賠償金を迫られているからだ。
 そもそも単なる器物破損で実際の裁判沙汰になる事は珍しい。そういった事件の大半は、まず保険会社同士で条件を摺り合わせ和解する。たまに納得がいかず訴える者もいるが、裁判所はまず和解を提案し、そこで弁護士が妥当な落とし所を提案して収める。だが今回の場合はいずれの提案も拒絶され、何が何でも白黒をつけなければ気が済まないということだった。
「それで、あなたは一体何をしたのですか?」
「それなんですが……実はあまり他人には信じて貰えない事情がありまして。ただ、本当に本当の事なんです。ですから、ここの所長から、そういった事の専門家を紹介して頂いた訳で」
 つまり、特務監査室の担当分野となる要素があるという事なのだろう。超常現象の類なのだという自覚でもあるのだろうか。
「信じ難いでしょうが……実は私は、昔から妙な体質を持っていまして」
「それはどういった体質でしょうか?」
「理屈は分かりません。ただ、何かしら機械が私の近くにあると、必ずそれが壊れてしまうんです」
「壊れる? うっかり壊してしまうという事ですか?」
「いえ、文字通り壊れてしまうんです。私が触るとかそういうことじゃありません。私の傍に近付いただけで自然と壊れてしまうんです」
「機械が勝手に故障してしまうのですか」
「いえ、何度も申し訳ありませんが、故障ではありません。文字通り、壊れるのです。修理も出来ないような状態になってしまうんですよ」
 エリックはそれをオーウェンの単なる思い込みではないだろうかと疑ったが、今回はラヴィニア室長の伝手という事もあり、まずは話した内容をそのままに信じるしかない。
 しかし、機械が勝手に壊れるというのは確かに妙な体質である。そもそも体質という表現が正しいのかも分からない。機械が苦手という人は、世の中必ず一定数いる。そういった人種は機械の扱い方も分からないため、知らず知らずの内に壊してしまったりするものだ。しかしオーウェンの言う体質とはそういうものではない。近付いただけ、触れもせずに機械が壊れてしまうというのだ。
 物を壊す何かを無意識の内に発しているのなら、そもそも機械以前に建物やそれこそ人間にすら害が及んでいるはずである。この現象が機械のみに起こっているのなら、何らかの選択的な意思決定があってしかるべきである。無意識に機械だけを壊す、何か観測出来ない力があるという事なのだろうか。
「では、事件の経緯から教えて頂けますか」
「はい。半月ほど前の事です。私は仕事帰りに、馴染みのバーで酒を飲んでいました。そこのマスターとは古い付き合いで、私の体質の事も半信半疑ながら理解をしてくれて、店の中には時計などの機械が一切無い状態にして貰っているんです。ですから気兼ねなく楽しめる店なんですよ。その日もいつのように飲んでいたんですけど、彼、私を訴えた男が不意にふらりと店へやって来たんです。まあ小さな店ですから、客も顔見知りの常連ばかりで、一見客は珍しいなと思っていました」
「その彼が、今回あなたを訴えた相手ですね」
「ええ、そうです。その時、彼の名前はラザラスと言うのですが、店の雰囲気が気に入ったとかで随分と酒を飲んでまして。まあ大分出来上がったんです。そのせいでやたらと上機嫌になって。そうしたら、店の客達に持っていた時計を見せ始めたんです。これくらいの懐中時計です。何でも、アクアリアの職人にわざわざ三年も待って特注した品物とかで」
「ラザラスは、経済的には余裕のある人ですね」
「おそらく。ただ、あまり品はないようです。みんなから辟易されているのも気付かず、時計を自慢して回って。私はこんな体質ですから関わらないようにしてはいたんですけど、やはり見つかってしまって。そしてみんなと同じように時計を自慢されました。半永久稼働式だとか、自動カレンダーつきだとか、そういうのです。まあちょっとは興味があって、一応時計を見はしたんです。そのせいで問題が起こってしまって」
「そこで時計が壊れたのですか?」
「そうなんです。二人で見ている前で、時計が突然、ボンって。そこら中に部品が飛び散る勢いでしたよ」