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 冗談だろ。
 まずエリックが思い浮かべた言葉は、そんな短絡的なものだった。
 昼休み、エリックは銀行に用事があったため、昼食の帰りに近くの銀行へ立ち寄った。一つ裏側へ入ったやや立地の悪い小さなその銀行は、普通は混み合う昼時でも比較的空いていて手続きが早く終わるため、エリックは良く利用していた。今日もいつもと同じ調子で、すぐに用事を済ませて戻るつもりだったのだが。
「うわ、何だお前!? さっさとこっち来い!」
 中に入った直後、エリックは突然男の一人に押さえつけられる。何事かと思い顔を上げると、それは麻袋を被った男だった。驚いて辺りを見回せば、同じような格好をした男が数人おり、一般の客や行員達は全て縛られ一カ所に集められていた。
 まさか、本当に銀行強盗を!?
 聖都では長らく聞かなかったその単語に戦慄する。銀行強盗はリスクばかり高い犯罪だ。最低でも終身刑となるのに、警察の動員数や初動の速さが桁違いであり、聖都から逃げ切ったのはここ百年で一例しかない。そしてどの銀行もリスクのある立地であれば多額の現金を保管しない等の対策を取っている。人生を賭けるにはあまりに割に合わず、特に愚かな犯罪としか言いようがない。それを今時やるような集団がいるなんて。
 この事態に対しエリックは、驚きよりも呆れの方が強かった。
「外に看板下げとけって行っただろ! ったく、余計な人質増やしやがって!」
 一味の一人が外に営業外の看板を出す。この段取りを忘れたせいで、自分は強盗の真っ只中にのこのこ入り込んでしまったのか。思わず溜め息が漏れそうになる。
 エリックはあっという間に縛り上げられ、集められた人質の元へ突き飛ばされた。
 男達はいずれも剣や斧といった、よく持ち込めた物だと呆れるような長物ばかり携えている。他にもナイフくらいは携帯しているだろう。この人数にあの武器、縛り上げられ怯えきった丸腰の人質だけではとても対抗は出来そうにない。早急に警察が来る事を願って、今は従うしかない。相手は不慣れで短慮な集団である。下手に刺激して殺されでもしたらあまりに割に合わない。
 こんな事なら、多少待つ事になっても庁舎内の出張所へ行けば良かったか。今更考えても仕方のない事を思いつつ、エリックは大人しく一味の動向を見守る。
 見張りには二人を残し、他の男達は奥の金庫室らしき所へと入っていった。程なく、激しい金属音が聞こえ始める。そしてエリックは再び溜め息を漏らしそうになった。あれは、金の入っていそうな金庫を見つけたが肝心の鍵を開ける事が出来ず、手持ちの武器で金庫を破壊しにかかっているのだろう。何故金庫をどうやって破るのか予め考えていなかったのか。あまりにずさんな強盗の計画である。
 こういった銀行には、非常時に近隣の警察へ通報を行う何らかの仕組みが備わっている。当然行員もそれを行う訓練は受けているだろう。ならば、後は警察が来るまでゆっくり待ち続けるのが利口である。
 エリックは近くの壁に背を預けながら、ぼんやりと強盗が去るのを待つことにした。大人しくしている分には銀行強盗達も危害を加えては来ないのだ。
 不意に大きな物音がし、音のした方を振り向く。するとそこには、さっきまであくびをしながら歩いていた見張りの一人が完全に気を失って横たわっている姿があった。
「おい、誰だ! 動くなよ!」
 もう一人の見張りが血相を変え、手にした斧を振り上げながら注意深く辺りを探る。
 エリックも何があったかまでは見ていないが、これは明らかに警察の手口ではない。では一体何者がこんなことをしたのだろうか。他の人質の方を見るが、いずれも何が起こったのか分からず困惑した様子であり、彼らの誰かが無謀な事に及んだようでもない。
「ぐわっ!?」
 そうしている内に、もう一人の見張りも派手な音を立てて倒れ込んだ。男は頭を押さえた体勢で気絶しており、どうやら何者かに頭を殴られたらしかった。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
 物影から現れたのは一人の青年だった。手には見張り達を殴り倒すのに使ったらしい木の棒を持っている。息を切らせ汗を流しているのを見ると、決して気楽に見張り達を倒せた訳ではないようである。
 警察の人間ではない。となると、たまたま事件を知って首を突っ込んで来たお節介だろうか。
「さあ、早く外へ逃げて下さい。奴らが戻ってくる前に」
 唖然とする人質達は、恐る恐る何度も奥の部屋の方を見る。相変わらず金属音が聞こえていて、どうやら金庫を破るのに夢中でこちらの様子には気付いていないらしい。そうと分かると、今度は互いに互いを縛る縄を解き始めた。エリックも縄から解放される。
「おい! 何やってんだ!」
 見張りの様子を見に来たらしい強盗一味の一人が声を荒げる。どうしてこういう所だけちゃんとしてるのか、エリックは歯噛みする。
「誰だ、てめえ! 邪魔するってんなら、ぶっ殺してやる!」
 強盗は手にしていた斧を捨てて懐からナイフを取り出した。その光景に人質一同はどよめき、元居た位置へ自ら戻っていく。
「待て! そこまでだ、悪党! 僕が相手だ!」
 ナイフを構え興奮する強盗を相手に、青年が声高らかに叫んで棒を構えた。しかし威勢の良い声とは裏腹に、明らかに足が竦み腰が退けている。