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 特務監査室の過去の記録を調べると、不死身の人間というのはほぼ存在していないが、人間離れした生命力の持ち主の記録は意外と多い。医者が死亡宣告してから葬儀の最中に蘇生した例もあるが、それは当時の医療水準が理由だろう。最も記録に多いのは、明らかに致死性の負傷をしながら短時間で治癒した例だ。あの青年もおそらくこの類似例だろう。
 青年を特務監査室で扱う申請は通ったが、肝心の身元が分からないのでは聴取のしようがない。そのため、彼の手がかりが見つかるまでは保留という扱いになった。
 またいつか彼と偶然出会うこともあるだろう。そんな希望的観測に思っていたエリックだったが、その期待は唐突に叶えられる。
 青年と再会したのは、ある日の仕事を終えた帰り道の途中だった。繁華街を通り抜けた住宅街の一画にあるエリックのアパート、その途中の裏路地に青年は倒れていた。彼は路地に放置されたガラクタの影に隠れるように倒れていて、エリックが気づいたのは本当に偶然の事だった。
「しっかり! 大丈夫ですか!?」
 青年は気を失っているらしかったが、エリックに強く肩を叩かれ、苦しそうに息を漏らしながら目を開けた。
「……あれ? どこかで見たような……」
「先日の銀行強盗の時ですよ。それより大丈夫ですか?」
「あ、ああ、ちょっと、手酷くやられちゃって……ハハ」
「いや、笑い事じゃないですって。とにかく、起きましょう」
 青年を起こし、肩を貸して立たせるエリック。やはり彼との体格差のせいもあり、エリックでは支えるのが厳しいほどの重さがずしりとのし掛かってくる。
 青年は酷い怪我で消耗しきっていた。出血が続くような怪我は無いものの、あちこちに痣や切り傷が出来ている。服も汚れ顔も酷く腫れており、相当殴られた様子だった。体ももしかすると骨が折れている箇所があるかも知れない。
「病院に行きましょう。まずはそれからです」
「い、いや、それは駄目だ! 病院はいいって!」
「そんなわがまま言ってる場合じゃないでしょう! こんなにあちこち怪我しているのに。お金の事なら心配しなくていいですから」
「とにかく、病院は本当に駄目なんで。大丈夫、朝が来ればすぐ治るんで、心配しないで下さいよ」
 頑なに病院を拒む青年。それは、必要とあらばエリックを振り解いてでも拒もうとする勢いだった。
 彼が病院を拒む理由は、もしかすると警察沙汰になるのが困るからかも知れない。事件性を感じる患者に対して、病院側には警察へ通報する義務がある。彼にはその警察に知られると困る理由があるのだろう。するとやはり、彼が怪我をした経緯が普通ではないという事だ。
「分かりました……じゃあ、取りあえず僕の部屋へ。そこで手当てしますから。もうすぐ近くなので頑張って下さい」
 病院が嫌だからと放っておけるはずもなく、そもそも青年は特務監査室の調査対象になっているため、エリックは青年を連れ自分の部屋へと向かった。普段は人通りもそれなりにある道ではあったが、今日は運良く通行人もほとんどなかったため、青年をさほど目立たずに部屋へ連れ帰る事が出来た。
 エリックはまず青年をソファーに座らせると、血と泥で汚れた服を脱がせる。青年の体には目で見えるほどはっきりした痣があちこちに出来ていた。だが良く見ると、古傷らしき傷痕も同じくらい沢山あった。青年はこんな事を長年に渡って続けてきたのだろうか。
 まずは体を拭いてやり、痣や切り傷には片っ端から薬を貼って包帯を巻く。体には明らかに故意につけられた新しい火傷の痕があった。指は爪が全てはがされており、足の甲には太い針を刺したような傷が斑点のように広がっている。明らかに普通の怪我の範囲を越えている。これはむしろ、拷問でも受けたかのようだ。何が理由かは分からないが、ここまでするような相手とやりあって良く生き延びたものだと感心するしかない。
 手当てが終わると、青年をベッドへ寝かせた。青年は余程疲れているらしく、そのまま何も言わずに眠ってしまった。手当てとは言っても、所詮は素人である。骨が折れていたり、見ただけでは分からないような怪我があればとても自分では手に負えない。彼に黙ったままでも、医者を連れてきた方が良いのではないか、そんな迷いがあった。
 それに、訊きたい事も沢山あった。何故こんな怪我をする目に遭ったのか。頑なに病院を拒む理由は何なのか。怪我の治る体質とは本当なのか。いつもこんな目に遭うような危険な事をしているのか。個人的な興味と仕事としての疑問がない交ぜになった心境である。しかし今は休ませておく他無く、エリックは青年をそっとしておくことにする。
 とにかく、朝になって太陽が出れば、青年は回復するという。今はそれを信じてみるしかない。もしも太陽で治癒するのが世迷い事だとしたら、その時は彼を騙してでも病院へ連れて行くしかない。
 さまざまな疑問を抱きつつ、エリックもソファーで就寝する。疑問の大半は、明日の朝日で解決するのだ。そう夜明けに思いを馳せながら眠りについたが、翌朝そんなエリックを起こしたのは豪雨と雷のけたたましい音だった。