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 突然飛び出したエリックの名前。一同の視線がエリックに集まり、エリックは思わず動揺する。
「ま、待って下さい! 僕は知りませんよ!」
「そりゃ分かるわよ。手紙を出したのは、エリック君を知ってる誰かの仕業。それと、エリック君か特務監査室に恨みを持ってる」
「どうして恨みだと?」
「コイツ、私らに害を及ぼすために送り込まれたとしか思えないわ。昔の攻城戦では、砦の中に病死した馬の死骸を投げ込んだりしてたんだけど、それと発想が同じね」
 以前にもあった、明らかに特務監査室へ害意を持った何者かが事件に関与していたケース。今回も同一人物の仕業なのだろうか。
「ま、それは後回し。で、アンタのインチキ呪具の在庫は?」
「まだ少し、店の倉庫にあります。とても怖くて触れなくて……」
「よし、じゃあまずはそれの回収からしましょうか」
 自分で作っておきながら怖くて触ることが出来なくなったとは、随分と無責任な言い様である。それだけ精神的にも疲弊しているのかも知れないのだろうが、自分が事を引き起こした当事者である自覚くらいは持つべきだとエリックは思った。もっとも、小狡い金儲けをしようとしてしくじる程度の人間なのだから、そこまでの責任感を要求するのは無理な話なのかもしれないが。
「あの、ちょっと訊いても良いですか?」
 話の区切りを見たのか、マリオンが遠慮がちに訊ねてくる。
「呪いって、具体的に何かあったんですか? いえ、内容によっては脅迫とかの線で警察も動けるんじゃないかなと思って」
 元警察官らしい意見である。呪い自体は違法ではないが、呪っている事を報せるのは脅迫にあたる場合があるという、何とも複雑な法解釈があるのだ。そもそも男は自分が呪われていると言っているが、それが具体的にどういうものかはまだ聞いていない。
「で、どうなの?」
「は、はい。これを見て戴ければ……」
 男はおもむろに左手の袖を捲り一同へ見せる。
「えっ……? な、何ですかそれ……」
 マリオンが口を押さえながら驚きの声を漏らす。
 袖の下から現れた男の腕には、びっしりと黒い鱗が生えていたのだ。しかもそれだけでなく、同じ腕の裏側の方は樹木に変質している。本物の鱗、木なのかは触らなければ分からないが、流石に試す勇気はなかった。
「腕だけではありません、体はもっと酷いのです……。獣のような毛が生えたり、水晶に変質していたり、皮膚が青く滑らかになっていたり。もしかすると近い内に顔の方まで変質して……いや、私そのものが人ではなくなってしまうのかも!」
 世の中には人体の成分が変質する奇病があるそうだが、ここまで雑多に入り混じったものではない。確かにこれを呪いの仕業と言うならば、人為的なものを感じる姿である。世間一般の呪いやジンクスなどエリックは否定的であるが、こればかりは本当に呪いだと断定せざるを得ないだろう。
「よくある呪いだけど、複数って相当恨み買ってるじゃない」
「そ、そんな! 確かにインチキ商品を売りつけはしましたけど、そこまで法外な金は取っていませんよ! どなたにも納得して戴いた上で取引させてもらっているんですから! それなのにこんな恨まれるなんて、幾ら何でも酷過ぎます!」
 そう嘆く男に対し、ルーシーは再び冷たい視線を注いだ。
「次、被害者面したら見離す」
「ええっ、そんな!? あ、いや、その、すみません……」
 商売をしていれば、必ず一人二人は理不尽な逆恨みをしてくる客もいるだろう。しかし、大勢の人間から呪いたいほど恨まれるというのは普通にあり得るのだろうか。この男が嘘をついているのかも知れないが、恨みを持つ顧客達の報復手段が全て呪いというのも、セディアランド人の取る手段としては不自然に思う。もしかすると、単純な構図の事件ではないのかも知れない。
「さて、アンタは先に一人で戻って準備してなさい。こっちはこっちでやることあるから」
「あの、本当に助けて頂けるんですよね……?」
「疑うんだったら一人で何とかする? こっちは手っ取り早い解決策として、アンタが呪い殺されてから死体を回収するでもいいんだけど」
「し、失礼しました!」
 男から店の場所を聞き取り、先に一人で帰す。男は最後まで不安そうな表情をしていたが、ルーシーはまるで意に介さなかった。自業自得なのは間違いないが、エリックはいささか哀れな気も否めなかった。
「んで、どうするよ? アイツの在庫は封印扱いとして、呪いなんてどうにかなるもんなのかよ? 俺、呪いとは戦えねーよ」
「顧客に直接会って止めさせるしかないけど、さてねえ。全員説得して呪いを止めさせるのに、現実的な人数ならいいんだけれど」
「ちょ、ちょっと地道過ぎる作業になりませんかね……? 私達の人数も限られてますし、相手も説得にすぐ応じるかどうか」
 相当な人数から恨みを買っているであろうあの男、その全ての呪いをやめるよう説得するのにどれだけ時間がかかるのかは想像もつかない。説得が終わる前に、呪い殺される方が先になりそうである。
「あ、そうだ。ルーシー先輩、前に呪いには呪い返しっていう対処方法があるって言ってましたよね。それならどうでしょう?」
 呪いには直接術者本人に返せば、一人一人説得の必要が無くなる。これは現実的な解決策ではないか、そうエリックは揚々と提案するが、
「出来なくはないけど、アイツに騙されたみんなが呪いにかかって酷い目に遭うよ? アイツが元気になる代わりに」
 それでもやりたいか。そう訊ねるルーシーに、エリックだけでなく一同は沈黙してしまった。