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 そしてメイジーは、これまでの身の上について語り始めた。
「私は孤児院の出でしたが、必死で勉強をして聖都大学の特別奨学金枠を得る事が出来ました。あの頃の私はとにかく稼げるような人間になりたいと漠然としていて、大きな会社へ入るためだけに勉強をしていました。ですが、ふとしたきっかけでファッションデザインに興味を持ち始め、いつしかデザイナーになる事が夢になって。ですが、そう簡単にはなれるものではなく、結局は就職にも失敗して卒業する事になりました。名前が消える症状はこの頃から始まりました」
「生まれつき、という訳ではないのですね」
「はい、卒業直後辺りから突然と。それでも私は頼れる親類などいませんから、とにかく何でも仕事をして自力で生活費を稼がなければなりません。しかし公的な身分証が無いので、就ける真っ当な仕事は限られています。住む所にしても身分証無しには部屋を貸して貰えないため、未だ木賃宿を転々としています」
 戸籍制度の整ったセディアランドでは、特に企業は採用する人間の素性を必ず確認する。嘘の履歴書など調べればすぐに発覚するため、偽名で入社など不可能だ。アパートも同様に、大家による審査が厳密である。仕事と住む場所、セディアランドにおいてこれらは公的な身分証が無ければ手に入れるのは非常に難しいだろう。
「彼と知り合ったのは、港近くのバーでの仕事中でした。たまたま人手不足で、履歴書無しで雇って貰えた店です。彼はそこに客として来て、注文を取ったのが私です。それがきっかけで顔見知りになり、話をしていく内に意気投合しました。程なくして交際を始め、今に至ります」
「そして、その彼と結婚するためにこの症状をどうにかしたい、と」
「はい。特務監査室はそういった事を専門とされているそうですから、何とかお力添えを戴きたいと」
 名前が伝えられないだけでも随分と厄介だが、ただ生きていくだけならば何とかなるだろう。けれど、結婚となれば話は難しくなる。症状に折り合いをつけるのではなく、症状自体を収めるしか選択肢は無くなるからだ。
 それにしても、こういった症状の人間とラヴィニア室長はどこで繋がったのだろうか。室長は確かに方々に顔が広いが、時折予想もしないようなコネで驚かされる事がある。
「とりあえず、もう少し症状が始まったきっかけについて掘り下げてみましょうか。後天的な症状なら、必ず発症に至った理由があるはずです」
「きっかけ、ですか……? さあ、私には何とも」
 そうメイジーは言い淀む。直感的にエリックは、彼女は何か心当たりがあるがそれを隠していると思った。自分達に隠すのは解決を遅れされる悪手であることは理解できるはず。それでも隠すのは、隠したい強い理由があるからだ。
 厄介だ。そうエリックは心の中で溜め息をつく。心当たりがあるなら話して貰いたいが、それを強要する事は出来ない。彼女を傷付けずに手掛かりだけを掬い取れればいいが、そこまで話術に自信は無い。
 立場上、強く出るべき所は出るべきか。そんな事を思った時だった。またしてもルーシーは軽々しい態度でその部分に踏み込んでいった。
「隠してもためにならないよ? むしろ隠せば隠すほどストレスになって、余計に症状が強まるかも知れないし。別に話したって誰にも言いやしないからさ、ね?」
「で、ですが、本当に心当たりが……」
 必死で否定するメイジーに絡むルーシー。その様を見て傍らのウォレンが耳打ちする。
「俺、こういう女同士のめんどくせーの苦手だから、席外していいか?」
「僕だって同じですよ。一人になったら余計辛いからいて下さい」
 ウォレンはどうにもこの空気には耐えられないらしい。それはエリックも同様である。
 この場をどうまとめるか。そうエリックが考え込んでいると、今度はマリオンが乗り出してきた。
「経験上分かるんですが、最後まで黙秘を続けた方は大体良い事はありません。逆に協力的な方が、あなたが自分の弱味と思っている事についても助けが得られやすいです。私達に隠し立てするのは、自分で自分の首を絞めるのも同じです。あなたに発言を強要する事は出来ませんが、それは解決を放棄するのと同じです。あなたの抱えている問題を解決したいのなら、後は言われなくとも分かりますよね?」
 それは警察の取り調べじゃないか。
 エリックは、喉元まで出かけたその言葉をどうにか飲み込んだ。
「心当たり、本当はあるんですよね? こんな症状が出るきっかけかも知れない心当たり。大丈夫、ここで話した事は決して外には漏れませんよ。話す事であなたが不利になることはありませんから」
「そ、そうですが……」
 メイジーの歯切れの悪さは、心当たりが無いのではなく話し難いのは確かのようである。それを無理に話させる事は、もしもルーシーが言うようにストレスでおかしな症状が現れる事があるのだとしたら、かえって彼女の症状を悪化させやしないだろうか。
 すると、不意にエリックはメイジーが言い出せない心当たりについて、ある予測が思い浮かんだ。言い出せないならこちらから話してやれば楽になるのではないか。そう思ったエリックは、早速それを口にする。
「もしかして、就職に失敗した経緯に何か思う所があるのでは? 先ほど、ファッションに興味があってデザイナーになろうとしたけれどうまくいかなかった、とおっしゃっていましたよね。その失敗の経緯に原因があるのでは?」