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 偶然逮捕出来たテロ事件の実行犯が洗いざらい白状したことと、事故のおかげで目撃者が多数現れ、国家安全委員会によりこれまでの連続テロ事件を実行した組織は突き止められ無事に壊滅へと追い込まれる事となった。
 事件解決の功績者には、あのエイブラムも含まれていた。彼の証言が解決に繋がったとはあるが、実際の功績は記録に残せないためである。代わりに彼は国家安全委員会に、正式に本当に運が悪いだけの男として記録される事となった。テロ事件の実行犯という疑いは晴れたが、当面は生活に支障が出ない程度の監視がつけられるそうだった。
 事件のレポートをまとめ終わった特務監査室では、再びエイブラムについての論争が繰り広げられていた。それは、彼が不運なのか幸運なのか、実際はどちら側の人間かという不毛なものである。
「いやいや、あんなの不運に決まってんだろ。運の良い人間ってのは、そもそも危険な状況に巻き込まれねーんだって」
「ホント先輩は分かってませんねー。危険な状況ってのは、そもそも回避出来ないんですー。危険かどうかなんて人間の価値観の尺度だから! そこを無傷で切り抜けられるからこそ幸運なんですー」
 主に言い合っているのは、やはりウォレンとルーシーである。以前から二人は何かと意見が対立しがちだ。人生観が極端に異なるからなのだろうが、それでも実際に現場に立った時は妙に息が合っているのが不思議である。
 エリックはもはやエイブラムの幸運不運など興味は無く、ただ淡々と第三者目線で事実だけをまとめて記録する。運という考え方は一理あるものなのかも知れないが、流石に二人のように都合良い捉え方は出来なかった。
「あ、皆さんいらっしゃいますね」
 そこに外出していたマリオンが書類の封筒を持って戻って来た。出る時には持っていなかった物だ。
「今そこで、国家安全委員会の匿名希望さんに頂きました。なんでも今回の事件について、組織の首謀者からの証言を簡単にまとめた資料だそうです」
 マリオンに差し出された封筒を受け取ったエリックは、訝しみながらも開封し入っていた数枚の書類を出す。その書類は文章の大半が黒塗りにされており、国家安全委員会は本当に最低限の情報しか開示しないようだった。
「どうしてウチに開示を? そこまでの義理立てするような組織じゃないと思うんだけど」
「私にはさっぱり。ただ渡してくれって頼まれただけで、何も話してくれないんです。ホント、何でも秘密主義とか言ってあそこ胡散臭いですよねー」
 そう不満げな顔のマリオン。
 とにかく用件はこの書類の中にあるのだろう。早速エリックは内容へ目を通し始める。
 書類の内容は、今回国家安全委員会に検挙された構成員の内の一人の供述書だった。具体的な名前や単語が主に黒塗りにされているが、内容の全体的な部分までは失われていないようだった。
 供述によると、二件目と三件目のテロは元々エイブラム個人を巻き込む計画で行われていた。それは一件目の実行犯が、犯行時に顔をエイブラムに見られた自覚があったためだ。
 二件目のテロの際には念のためくらいの気持ちだったが、それをまさか無傷で切り抜けられてしまったため自分達の存在を認識されている事を確信する。
 そして三件目は確実に殺すためにエイブラム個人を狙ってテロを起こしたが、それでもエイブラムは平然としていた。これにより組織がエイブラムを国家安全委員会の上級エージェントと判断し、一度組織を聖都から離して冷却期間を置く事を決断する。
 だが重要な荷物を運搬している最中にまたしてもエイブラムに遭遇、それがきっかけで組織は壊滅へ追い込まれてしまった。
 四件目はテロではなくただの引越の最中である。にも関わらず見付かったという事は、捜査していたのが優秀なエージェントだったからだ。セディアランドの国家安全委員会は優秀と聞いていたが、本当に噂通りだった。
「つまり、自慢か? テロ野郎に恐れられる俺達すっげーってわざわざ言いたいのか?」
「やーねー、負け犬は。男の僻みはカッコ悪いわよー」
「いや、お二人共、そうじゃなくて。これってつまり、エイブラムに関わったばかりに組織が潰されたって事じゃないですか。エイブラム本人も全く無自覚なまま」
 わざわざそう指摘するエリックに、なるほどと言いたげな表情をするウォレン。するとウォレンの表情は急に真剣なものに変わった。
「……もしかしてアイツ、想像以上にやべーやつなのか?」
「考え方によっては。本人の自覚無しに、何かしらの有り得ない事象を運任せで起こしてしまうと言うか。ただ、誰にとっての幸運で不運かは分からない働き方をしているようですけれど」
 今回はたまたまテロ組織にとって不運に働いた。だがそれは、エイブラムが意図してそうなるように働かせたものではない。もし一つ間違えでもしたら、国家安全委員会に対して不運に働くかも知れない。そうなれば、聖都だけでなくセディアランド全体に大変な出来事が起こるだろう。
「ああいうやつだ、連中も誘拐監禁だの暗殺だのはしねーと思うだろうけど……まあ、やっても何だかんだでしくじりそうだしな」
「かえって、周りを巻き込むような大事になるかも知れませんからね。確かにつかず離れずの監視しか出来ないでしょう」
 単なる個人の幸運不運だと思っていたが、そんな単純なものではなかったようである。運というものが実在するのなら、それは人の努力を嘲笑い時には狂わせるものだ。実在する運ならば存在などしない方がいい。必ず大きな問題の原因になる。そうエリックは一人確信するのだった。