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 ウォレンの乱暴な手段に、エリックはそれを止めるかどうか一旦躊躇った。しかし、元々ここへ来る事を提案してきたのもウォレンであり、何も考え無しにしている訳ではないだろうから、今しばらく静観する事にする。
 ウォレンに首を掴まれている青年の顔色は、明らかに窒息症状のそれである赤紫色になりつつある。当然腕力でウォレンにかなうはずはなく、ウォレンの指示に従うしかない。
「わ、分かりましたから! 話しますって!」
 ウォレンは必死の青年の様子を窺いながら、少しだけ手から力を抜いてやる。だが依然として首を離してはおらず、少しでも反抗すればたちまち再び首が絞められるだろう。
「本当に何でもないんですって! 表情がパッとしないような気がしたから、それだけでつい言ってみただけですって!」
「アイツが話に乗ってきたらどうするつもりだった?」
「どこでも使ってる、ありふれた手口ですって! 釣れたら適当に不安を煽って、教団の助けを乞うように誘導するのです! 今までそうやって信者を獲得してきたんです! つい昔の悪い癖が出ただけなんですよ!」
「それだけか? 何か見えた訳じゃないんだな?」
「見えるって何の話ですか! まさか、本当に取り憑かれてるとかあるんですか!?」
 驚愕と半信半疑の混じった表情でエリックを見る青年。その表情はエリックの良く知るものだった。オカルト的な話を真剣に聞かされた人間は、大抵こんな顔をするものだ。
 ウォレンは青年の首を解放する。青年は咳き込みながら後退り、今度は非常に警戒を露わにした表情で二人を睨み付ける。
「不安を煽るって言ったな。お前ら、具体的にはどんな手段を使っていたんだ? 話術とかさ」
「……相手のタイプによりますけど、そんなに大したことないですよ。ちょっとした不安を抱くようなデタラメを言うんです。心の弱い人はそれだけで落ちます。けれど、警戒心が強かったり疑り深くてなかなか近付かない相手の時は、一人二人じゃなくもっと何十人も使ってやるんです」
「例えば?」
「顔色悪いですね? とか、どこか痛いんですか? とか。相手の日常のそこかしこで。人間不思議なものでね、何の根拠も無い事でも不特定多数から同じ事を言われると、本当にそんな事があるのではないかと不安に思い始めるんです。そして不安になった所を私があたかも災いを祓ったかのように振る舞って見せればイチコロです。まず間違いなく、遅くとも次の週には入団するでしょう」
「なるほどな。不安を煽ってから漬け込む訳か。どっかで聞いた話だなあ、エリックよう?」
 そうウォレンに問われ、エリックはハッと息を飲んだ。不特定多数に突然と不安を煽られるような言葉をかけられる。それはまさにここ最近のエリックの身に起こっている出来事だ。
「他の教団も同じ手口を使っているのですか?」
「心理学的なアプローチは、別に我々に限った事じゃありませんよ。商売なんて基本そうですし、保険屋や株屋なんで典型的です。ただ宗教団体なら、普通なら手間のかかる人海を使ったアプローチも出来るというだけです。人の心理を誘導したり操作しようなんて、大声では言わないだけでどこでも当たり前にやってる事ですよ」
 もしも自分に声をかけて来た人間が、予め示し合わせていた教団の信者だったのだとしたら。確かに、日常にこれほど不特定多数の信者が潜んでいるとは想像もしないし、自分一人のためにここまでの労力を払うとも思わない。だから、声をかけて来た側を疑わなかったのだ。だが今の話の手口を使っていたのだとしたら、嫌疑の方向は一気に変わる。
「ありがとうございます、ウォレンさん。もう大丈夫です」
「おう、そうか。じゃ、引き上げるか」
 そう言ってウォレンは、未だ警戒している青年へ鉄格子越しに手をヒラヒラと振って踵を返す。青年は何やら悪態ついていたようだったが、すぐに刑務官に部屋の外へ連行されていった。
「となると、やはりディープドーンの幹部辺りを聴取しておきたいですね。信者達を使って組織的に不安を煽るような事をさせていないか」
「まーでも、あいつら逮捕されたばっかで起訴もまだだからなあ。室長に何とか頼んでもらって、少しでも時間貰えりゃな」
「こればかりは、流石に向こうの方が優先ですからね」
 教団ぐるみでの大規模な脱税と、個人相手の本当にあるのかどうかも分からない呪いとで、どちらの取締りが社会的に優先されるべき事なのかは子供でも分かる選択である。
 だが、エリックはかなり安堵をしていた。信者達を使って有りもしない右手の異変を指摘し続けた可能性が非常に高くなってきたからだ。何度も指摘される事で右手を意識し、何か問題があるのではと思い込んでしまう。思い込みとは強くなればなるほど体にも実際異変を来す事がある。単なる痺れやだるさなら、本当にすぐ出て来るだろう。これを自分は呪いではないかと危惧していたのだ。本当に、分かってさえしまえば大したことのない手法である。
「ま、信者や構成員の情報くらいなら書面で貰えるだろうさ。それからそいつらを虱潰しに調べりゃあいい。俺らだけでもすぐに終わるさ」
「そうですね。それにしても、もしもそれで当たりだったら。この聖都に、それだけ沢山の悪魔崇拝者が居るって事なんですよね……?」
「おう……考えてみりゃ、そっちのがおっかねえな。そんなに最近のセディアランド人って頭弱くなってんのかって思っちまいそうだ」