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 捜査本部は大勢の刑事を始めとする警察関係者で溢れていた。中には階級の高い者まで出張っていて、相当に緊迫した状況なのだとエリックも緊張してしまう。這いずり男がどうしたというゴシップ記事のような事件が、まさか警察内部でここまで大事になっているなんて。詳細は知らなくとも、世間には公表出来ない内容だという事くらいは既に察せられる。
 警察関係者達には数枚の書類の束が配られていて、その内容について随分と険しい表情で確認し合ったり、中には血相を変えて飛び出していく者までいた。明らかに動揺している、そう感じさせる状況だった。場の緊迫感の正体は、そのほとんどが警察官の間にある漠然とした不安感だ。彼らはマニュアル通りに動く事が多いが、そこからあまりに逸脱した状況で、今後の方針すらなかなか決められずにいるのだろう。
「これ……どうしたんだろうか。何か普通じゃない気がするけど」
「もしかすると……犯人が問題なのかも知れませんね」
「重要参考人が掴まらないとか?」
「ずっと前に一度だけ同じような事があったんですけど……多分、重要参考人がそれなりの社会的な身分の人か、もしくは身内なのかも」
 深刻な表情で遠慮がちに答えるマリオン。その言葉の意味する事に、エリックの表情も強張る。
「重要参考人って事だったけど、逮捕状も請求しているから容疑者って事だよね。それが警察の……?」
「かも知れません」
「だとしたら、大分拙いんだよね」
「はい。処分内容だとか、広報の方針だとか、各方面への根回しについても検討しないといけませんから」
「事件よりも、事後の方が重要ってこと?」
「組織ですから。特にセディアランドですし」
「うちがあまりに例外過ぎるって事か……」
 それにしても、這いずり男の正体が警察官なんて有り得るのだろうか?
 もしも犯人が警察官だったなら、あの三人の居場所は既に突き止めている可能性もあるということになる。彼の行動理由が予想通り復讐だとしたら、間違い無く三人を殺しにかかるだろう。警察がここまで動いている事を現役の警察官が知らないはずがない。つまり今は計画の最終段階にあるという事なのか。
「エリック、マリオン! やっと来たか!」
 大声で呼びながらウォレンとルーシーが駆け寄ってくる。ウォレンの手には警察関係者達が持っているのと同じ書類があった。
「これ、さっき渡されたんだがな。犯人がマジでやべーぞ。急いで見つけないと、残りの三人も殺されちまうぜ」
「やはり犯人は警察官なんですね?」
「ああ。しかもこれ、見てみろ。這いずり男の正体は、男じゃなくてクリスティンって女だ」
「えっ!?」
 ウォレンの言葉に驚きの声を上げたのはマリオンだった。マリオンはウォレンの持っていた書類を強引に引ったくると、両目を見開いて内容を凝視する。そして俄かに震え始めた。
「う……そ。どうしてクリスティンが……」
「おい、もしかして知ってるのか? そいつ、今日は無断欠勤で居場所が分かってねえんだ。今は緊急で増員して捜索始めてる」
「急いで北区の警察分署に戻りましょう! 多分そこにいます!」
 ウォレンとルーシーは全く事情が飲み込めていなかったが、飛び出したエリックと後に続いたマリオンを見て、すぐさま自分達も駆け出した。
 ここから北区の警察分署までは距離があり、エリック達は馬車を止めて向かわせる。全速で走っても十分以上はかかるだろう。僅かな時間だが、焦りをより募らせるには充分過ぎる時間だ。
「エリック、このクリスティンって奴を知ってるのか?」
「彼女はマリオンの友人です。そしてついさっき、特別室の近くですれ違ったんですよ。護衛警察官のシフト交代とかで」
「マジかよ……じゃあやっぱり目的は」
「そういう事でしょうね……」
 嫌でも最悪の事態が脳裏を過る。三人は警察官ならまず信用するだろう。他の警察官も、同じ警察官なら何も警戒もしないはずだ。これはまさに、羊の群に狼が潜んでいるのと同じ状況である。
「ところで、どうして彼女が這いずり男なんかに? タイタスとは親しい間柄だったんですか?」
「いや、そう簡単な話じゃねえ。その……マリオンの前で言うのは気が引けるんだが」
 ウォレンが珍しく遠慮がちな素振りでマリオンを見る。その意味する所を察したマリオンは無理に微笑を作って見せた。
「大丈夫です、私が話します。この資料によると、タイタスは数ヶ月前からストーカー被害に遭っていて、何度か警察に相談していたようです。ただ、男性かつ直接的な被害が無いため、警察としては付近の巡回を強化するくらいしかなくて」
「ストーカー……まさか」
「はい。クリスティンが、そのストーカーのようです」
「じゃあ、タイタスが暴行を受けた現場も?」
「目撃していた可能性が高いでしょうね。だから彼ら五人の顔も知っていたのでしょう」
 彼らは事件後に貼り紙や窓を叩くなどの嫌がらせを受けたと証言していた。それもクリスティンが恐怖心を煽るためにしていたのかも知れない。
 これまでタイタスの身内を洗っても有力な容疑者は出て来なかったが、これで納得のいく結論が出た。ストーカーがターゲットを彼らに移したのだ。ただし、愛情を憎悪に変えて。