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 マリオンの両親が特務監査室を訪れたのは、マリオンの欠勤が続いてから三日目の午後の事だった。マリオンは聖都内の実家から通っているのだが、三日前から突然家に帰って来なくなったという。警察に相談する前に、念のため職場の方へ確認に来たという事だった。
「では、マリオンさんには当日も特に変わった所はなかったと?」
「はい。あの日も、いつもの通り出掛けて行きましたから。警察の時と同じように突発的な仕事があるからと、一晩くらいは帰って来ない事もあるだろうと思ったのですが。流石に三日目ともなると……」
「マリオンさんは、既に三日欠勤しています。こちらにも来ていないとなると、何か事件性があるかも知れませんね」
「そ、そんな……いえ、となるとやはり警察に相談した方が良さそうですねこれは」
「でしたなら、私の方から警察には申し入れておきましょう。幸い、警察の上役には何人か顔が利きますから、話は早いはずです」
「そうですか! 是非、うちの娘をよろしくお願いします!」
 不安そうな様子で帰って行くマリオンの両親を見送ると、早速ラヴィニア室長を中心に状況の確認が始まった。
「最後にマリオンを見たのは誰でしょうか?」
「おそらく僕です。帰り道が途中まで一緒ですので、三日前もそこまで一緒でしたから」
「具体的にはどこです?」
「繁華街の南側に出た通り、そこを右に曲がって最初の交差点です。僕は真っ直ぐ行くのですが、マリオンはそこから左の住宅街側へ向かいます」
 エリックはマリオンと途中まで一緒に帰る事が多かった。帰り道が似ている事もあるが、マリオンが一緒に帰りたがるのが理由のほとんどである。
「その経路だと……店は少ないし、確かに夜は暗いかもしれねーな。でも、今の季節はまだ日は長いし、別に帰りも遅くなかったよな」
「そもそも、通り魔なんかじゃマリオンをどうこうなんてできなくない? なんか真上から鉢植え落ちて来たって平気で避けるでしょあの子」
 ルーシーの言う通り、昔から剣術を修めているマリオンは、人並み以上に勘が鋭く運動能力も高い。得意のサーベルがあるなら、ウォレンでも歯が立たないだろう。それに加えて、マリオンには常に命を狙う死神が取り憑いているが、その死神が起こす突発的な事故やアクシデントすら、ほとんど無意識の内に捌いてしまう。仮に変質者や通り魔などの類に狙われたとしても、マリオンが手も足も出ずに負ける状況は考えにくい。
「あー、とにかくさ。マリオンが来ねーのはマジなんだから、取りあえず足取りだけでも追ってみねえか? 実際の場所とか直接見てみれば分かる事だってあるだろ」
「そうね、それが良いでしょう。私は所轄警察に捜査をお願いしに行ってみるわ」
「では、僕らは早速」
 そして、ラヴィニア室長は警察分署の方に、エリック達は最後にマリオンを見た場所へと向かっていった。
 エリックとマリオンが普段の帰宅で別れる交差点は、繁華街から外れた事もあって人通りも少なかった。周囲には雑居ビルが建ち並んでいるが、入居しているのは企業関係と商業店舗と半々程度、建物の外に看板もほとんど出ておらず、かなり客を選ぶような派手な宣伝はしないタイプの店のようだった。
「ここからこっち側ですね、マリオンの家は」
「この方向だと、本当に住宅街まで大したものねえな。いや、ある意味誘拐なんかには打って付けかも知れねえけどよ」
「通り魔的な誘拐って、聖都ではあるんですか?」
「ゼロとは断言出来ねーけどさ。でもマリオン相手じゃ無理だろ。後ろから馬車で不自然に近付きゃ絶対感づくだろうし、腕ずくでやろうなんてもっと無謀だしよ」
「そうなると、何か別の想定外な事件に巻き込まれたという事でしょうか……」
 住宅街側までの道のりは、左右に小さな雑居ビルや平屋がぽつぽつとあるくらいで、確かに人気は少ない。しかし直線の道路が続くため見通しは良く、夜でも無いのに人目に付くような誘拐などあまりにリスクが高い。ましてやマリオン相手ではまず成功しないだろう。ウォレンの分析には信憑性があった。
 何か、普通ではない事に巻き込まれている。そう思うとエリックは、内心いてもたってもいられなくなった。とにかく途方もなく不安で仕方なかった。そういう時こそ冷静にならなければ大事なことも見落とすと分かっているのだが、感情的な部分はなかなかそうもいかない。
「取りあえず、こっから住宅街までの間を三人で手分けして調べたり聞き込みしたりしようぜ。夕方にまたここへ集合だ」