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 エリックはひとまず別れた場所からマリオンの自宅の方向へ向かって歩いていった。住宅街まではほぼ一直線の道路で、左右には低層の雑居ビルが並ぶ。それも次第に平屋などの住宅へ変わっていき、景色が広がって見えた。
 まだ日中だというのに、驚くほど交通量は少なかった。歩道を行き交う人もなく、荷馬車が二度住宅街の方へ走っていったきりである。聖都にもこんな閑散とした地域があるのか、そうエリックは意外に思った。
 マリオンの行方が途絶えたのはここからなのだが、やはりこの通りとは考えにくい。ウォレンの言った通り、事件の起こる様子が欠片も見当たらないが足取りは細かく固めなければならず、エリックはとにかく片っ端から家屋を訪ねてはマリオンについて聞き込みを行った。しかし、やはり目撃証言は非常に少なく、それらしき人を見かけたとしても本当に家の前を通り過ぎた程度のものだった。それでも足取りを固める事は出来るため、エリックは手元の地図から目撃証言があった地点に印をつけていった。
 ひたすら聞き込みを続け、やがて太陽が傾き始めた頃だった。ふと歩道の先に、一人の男の子の姿を見つけた。男の子は目の前の家屋の庭先と歩道の間をうろうろしながら、しきりに家屋の方を気にしている。
 もう学校も終わった時間のようだ。帰り道の途中で遊んでいるのだろうが、いささか様子が気になる。エリックは男の子に声をかけてみる事にした。
「こんにちは。ここで何してるの?」
「あの……何でもない」
「ずっと気にしてるみたいじゃない。中に何かあるの?」
 男の子が気にしている家屋を見る。それは二階建ての古い民家だったが、外観は古くかなり傷んでおり、既に空き家になった廃屋のようだった。こういう場所が子供の遊び場になるのは、幼少期のエリックにも憶えがあった。
「……あそこにね、怖い人殺しが隠れてるんだって」
「そこの空き家に?」
「うん。警察から逃げるためだって。それで、同じクラスの人に、中に入って確かめて来いって言われてて」
「行かないと殴られる、とか?」
 男の子は無言で頷く。
 子供の世界では良くある話である。ガキ大将が気弱そうな子に対して、でたらめな話を盛った上でこういった事をさせ反応を楽しむ虐めだ。
 時間的にそろそろ戻って二人と合流しなければならない。だがその前に、この子を助けるくらいの余裕はあるだろう。
「よし、だったら僕と中に入って確かめてみようか。何か証拠になるものでも持って帰れば、流石に信じて貰えるでしょ」
「本当に!? ありがとう!」
 男の子はぱっと表情を明るくさせ、嬉しそうに声をあげた。殺人犯が潜伏しているなど有り得るはずもないが、こういった気弱な子供にとって嘘かどうか見抜くのは難しいものである。目的から外れてはいるが、やはり放ってはおけない。
 エリックは男の子を連れて早速廃屋へ向かう。入り口のドアは経年劣化であちこちに亀裂が出来ていて、押せば簡単に壊れてしまいそうだった。一応所有者がいるのかも分からない建物ではあるため、エリックはドアを壊さないようそっと開けて中へ入る。
「えっ?」
 その直後、エリックは目の前の光景に思わず唖然としてしまった。外から見た時は明らかな廃屋であったにもかかわらず、中はまるで新築のように綺麗な内装になっていたからだ。
「これは……もしかして誰か住んでいる?」
 古い建物を中だけ徹底的にリフォームでもしたのか。そうなら住人がいるという事になり、完全に不法侵入の形になってしまう。
「まずいね、一旦外に出ようか……あれ?」
 一度外に出て確認した方が良い。そう思ったエリックは男の子を連れて出ようとしたが、つい今し方まで傍らに居たはずの男の子は忽然と姿を消していた。
 中に入って来なかったのか。そう思い外を確認しようと振り返った時、エリックは更に驚愕する。今こうして入ってきたはずの玄関が、いつの間にか何もないただの石壁になっていたからだ。
「そんな!」
 咄嗟に壁を叩くものの、それは見た目通りの頑丈な石壁で、叩いた手にひんやりと冷たい感触が伝わって来る。
 馬鹿な、ここには確かに玄関のドアがあったはずなのに。
 入った直後に道に迷うはずもない。ましてやドアが音もなく瞬時に石壁に変わる事なんて有り得ない。
 そして、エリックは察した。
 自分は何らかの不可思議な現象に巻き込まれてしまったのだと。