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 マリオンが出て来た部屋の中へ入ってみると、そこにはやはり不自然さばかりが際立っていた。執務室と同じ程度の広さがある、窓の無い正方形の部屋。相変わらず照明は無いが明るさは廊下と変わらない。パイン材で作られたと思われる正方形のテーブルに椅子が二脚、そしてテーブルの上には大きなロースト肉やシチューなどの料理がこれ見よがしに並べられている。更に未開封のワインがたっぷり氷の詰まったワインクーラーで冷やされている。こんなに手の込んだものを、一体誰が何時どうやって用意したのか。だが、それをまともに考えるのは無駄な事だろう。
「あっ、二人分になってますね」
「僕が来る前までは一人分だった?」
「はい。それも、作り立てみたいに温かいままであちこちの部屋に用意されてるんです。お腹は空きましたけど、流石に怪し過ぎたので食べてません」
「それが賢明だね」
 問題なのは料理が用意された過程では無く、その理由だ。自分達を閉じ込めた何者かは、何らかの理由があって食事を用意していると思われる。だからこそ、料理も突然と二人分に増えたのだ。この状況を解明する手掛かりになるのかも知れない。
 エリックは料理の並ぶテーブルへ近付き、間近で様子を確認する。料理はいずれも見た目通りの良い香りを放っていて、まだ温かい事を示す湯気も立っている。ワインは良く冷やされているのかうっすらと水滴がついている。どれも口にすればきっと見た目通りの美味なのだろうが、それによって被るリスクはどれほどかは想像もつかない。
「エリック先輩は貴金属とか詳しいですか? そのカトラリー、何だか本物の銀を使ってるみたいで高そうなんですよ。まあそれも、怪し過ぎて一切触ってませんけど」
 マリオンに言われ、エリックは料理の脇にあるナイフ一式を見る。エリックもさほど詳しくは無いが、銀製品は幾つか実際に見て触った経験がある。その少ない経験を信じる限りでは、おそらくカトラリーは純銀製だろう。
「何だか僕達、屋敷の主には歓迎されているような気がしてきたけれど。いや、歓迎されているなら出口を塞ぐような事はしないか」
「閉じ込めておきたいだけにしては、接待が過剰ですよね」
「飼い殺しにしたいから? でもそれじゃあ、閉じ込めておくメリットが無いしな」
 逃がしたくない、捕らえておきたい、そういう意図は良く分かる。けれど、快適に過ごさせようとする理由が分からない。
「ふう……取りあえず、ちょっとだけ休んでから次に行こう」
 そう言ってエリックは床に腰を下ろした。
「エリック先輩、お疲れみたいですね」
「何だかね。急に疲れが出て来たというか。マリオンは疲れてないの? ずっとこんな所に閉じ込められてて」
「んー、私は体力には自信ありますから。それに、エリック先輩の顔を見たら元気になりましたよ」
 そう元気そうに答えるマリオンが、エリックは羨ましく思った。本当はもっと動き回って手掛かりを積極的に探したいのだが、どうにも体が怠くて仕方がない。この急激な疲労感、おそらくここに閉じ込められてから始まったような気がする。これは屋敷の何らかの力によるものなのだろうか。だがそれなら、自分よりずっと長くいるマリオンの方が影響が強く出ても良いものだが。
 しばしの小休止の後、エリック達は向かい側の部屋へ入ってみた。そして、目の前の光景に思わず顔をしかめてしまう。部屋は先ほどと同じく正方形の窓の無い空間だったが、今度は部屋の中心に大きなベッドが一つ、無造作に置かれていた。
「丁度良いから一緒に休みましょう、なんて冗談も言えませんねこれじゃ。やっぱり監視されてるのかも、私達」
「確かに、タイミングが良すぎるね。今まではこういう部屋はあった?」
「いいえ、全く」
 疲れを口にしたからこんな物が現れたのだろうか? もしそうなら、マリオンの言う通り確実に自分達の行動は監視されている事になる。手段について今更考える事はしないが、監視する理由は何かあるはずである。単なる接待目的とはとても思えない。
「ちなみに、これまではどういう部屋があったの?」
「最初は何もない空き部屋ばかりでしたよ。でもそれが、急に料理の用意されている部屋になって。もしかすると、私がお腹空いたって呟いたせいなのかも」
「そして僕は、疲れたと言ったらベッドが現れた」
「何でしょう、目的がもう得体知れなくてちょっと怖いですね……」
 目的は分からないが、何かしらルールのようなものがあるのだとしたら、それが脱出の鍵になるのかも知れない。
「じゃあ、何か別の言葉で変化するか試してみよう。もしかすると手掛かりが見つかるかも知れない」