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「何だか厄介な展開になって来そうですね……」
 ラヴィニア室長は額にしわを寄せながら苦味走った表情を浮かべる。
「フィランダーのパフォーマンスは単なる宣伝以外に目的があるって事だろ? そいつらから調べた方がはっきりするんじゃねーのか?」
「黒幕が過激派だったらどーすんの。あーいう輩には下手に関わるとこっちが危ないんだから。第一、そういうのはウチじゃなくて警察とか国家安全委員会の管轄でしょー?」
「まだ過激派とは決まってねーだろ」
「決まってからじゃ遅いって言ってるんですー」
 ウォレンとルーシーのやり取りを聞きながら、エリックもこの案件を国家安全委員会に引き継ぐべきか悩んでいた。過激派がフィランダーの後ろにいるのなら、それは間違い無く国家安全委員会の管轄である。ただ、現状の構図が良く分からない。フィランダーのパフォーマンスまで過激派の指示なら、その目的は一体何なのだろうか。それも分からぬまま漠然と国家安全委員会に引き継いだ場合、フィランダーの処遇もあまり良いものではないだろう。助けを求められた以上は、心情的にはそれに応えてやりたい所だ。
「そう言えば、マリオン。あのガラスには何か仕掛けはありそうだった?」
「あくまで素人の観点ですけれど……ガラスはぴったりと接合されていて、とても隠し扉があるような感じでは無かったです。あるとしたら土台を経由して床下からでしょうけど、土台部分も高さがそれほどある訳でもないですし、実際に物をやり取りしようとしたらかなり目立ちます。足で確認した限りでは隠し扉のようなものも無さそうでした」
「となると、本当にフィランダーは食事をしなくても生きられる体質なのかも知れないね」
「いいんじゃねーの、そこは決まりで。それより、フィランダーが助けを求めた背景を考えようぜ。どうせ何かやれって脅されてんだろうけどさ」
「何かとは?」
「それは分かんねーよ。でも、それこそが今回一番重要な気がするぜ。黒幕の動機にも繋がる訳だろうし」
「フィランダーに何かを強要し、達成出来なければ殺すなどと脅している訳ですよね。でもあんな場所に閉じこめられていたら、何をするも無いですよ。身動きが取れない訳ですから」
 フィランダーの怯えと助けを求める声に偽りが無ければ、黒幕が存在するのは事実だろう。では黒幕は一体何の目的であんな事をさせているのか。一同はまるで思い当たらず、推測を重ねていく内に段々と口数を失っていった。
 そんな中、不意にラヴィニア室長が口を開いた。
「これはもしかすると……大地と赤の党が関わっているかも知れませんね」
 大地と赤の党。その言葉に真っ先に反応したのは、意外にもウォレンだった。
「室長それって、あのやべー連中じゃねえか!」
「えっ、やっぱり過激派なんですか?」
「もっとタチがわりー連中だ。首相が、ちょっと前は親の七光り大臣って馬鹿にされてただろ? けど半ばクーデターのように、汚職してた連中を徹底的に政権から排除したのは知ってるよな。クズ共のほとんどは起訴されて今じゃ檻の中だが、辛うじて免れた連中もいる。それが大地と赤の党だ」
「要するに、旧政権与党の残党って事ですよね。正式な党派ではなく、いわゆる政治結社のような。でも、そんなに危険なのですか?」
 エリックの問いに対し、ウォレンは即答せずラヴィニア室長と無言で何らかの確認をする。そしてウォレンはゆっくりと続きを話し始めた。
「特務監査室ってな、実のところ長い間組織活動が半ば形骸化してたんだよ。俺もその頃はまだ前線にいたから詳しくはねーけどな。当時の特務監査室は、今でこそ隔離しなきゃなんねえような危険な代物をだ、当時のお偉いさんがこっそり都合良く使ってるのを黙認したり、時には協力してたんだよ」
「え、ちょっと待って下さい。それは、呪い云々だのそういうものを政治工作に利用していたって事ですか?」
「それだけじゃねえ、時には私腹を肥やす事にもだ。要は野放しだったんだよ。そんだけ、あの連中は腐ってた。それを今のジェレマイア首相が一掃して特務監査室も正常化した訳なんだが……実のところはそんな簡単な話でもねえのさ」
「そこから当事者の私が話しましょう」
 当事者? エリックは思わず口に出しそうになる。ラヴィニア室長が特務監査室で一番在籍期間が長い。だから自然と、ラヴィニア室長は当時を実際に経験しているのではと直感的に思った。
「当時の特務監査室は、ジェレマイア派に付くかどうかで意見が二分していました。そのため組織としてはほぼ機能しておらず、個々人が各自自分の判断で行動しました。最終的に、旧体制側についたメンバーは全員収監されましたが、ジェレマイア派に協力したメンバーは何名かは変死、他は聖都から逃げるように行方を眩ませました。唯一特務監査室に残ったのは、ジェレマイア派で最も若く経験の浅かった私です。大地と赤の党が未だ恨んでいるとするならば、まず間違いなく私を恨んでいるのでしょう。ただ、標的が私個人のみである保証はありません。今現在、特務監査室に籍を置く者は全てが標的の可能性もあります。それほど彼らは、当時の特務監査室の裏切りとも思える行動を恨んでいるのです」