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 リアンダは日中は配送の仕事をして生計を立てていた。主な担当区域は東区で、基本的に大手の配送業者から荷物を委託され配達を行っているが、時折個人的に荷物を請け負う事もあった。リアンダは突発的な荷物や面倒な荷物もきちんと配達するため信頼があり、その交友関係は意外と広い。だが、彼の身の上について詳しく知っている者はほとんどいなかった。
 その日の仕事は資産家相手の単価の高い荷物で、わずか半日で一週間分の稼ぎになった。そのため仕事も昼には切り上げた。それから向かう先は東区にある孤児院である。
 孤児院は広い敷地と建物だったが、全体的に非常に年季が入った古びたものであった。そのためよくあちこちでぼろが出て困ると愚痴っていた事をリアンダは思い出し、中庭の方へ入っていく。中庭では大勢の子供達が嬌声をあげながら元気良く飛び跳ねていた。どちらかと言えば子供は苦手なリアンダは、そんな子供達にはあまり近付かないように、子供達を見守っている一人の女性に歩み寄った。
「御無沙汰しています、マザー・サマンサ」
「あら、リアンダ君じゃない! 元気にしていましたか?」
「ええ、何せ配達は体が資本ですから」
 リアンダに朗らかに声をかけてきたのは、この孤児院を経営する壮年の女性だった。みんなからはマザー・サマンサの愛称で親しまれていて、リアンダもそう呼んでいる。
「またこれ、僅かばかりですが」
 そう言ってリアンダは硬貨の詰まった布袋を一つマザー・サマンサに差し出した。
「いつもありがとう。でも、あまり無理をしなくていいのよ。これでも以前よりはずっと経営が楽になっているの」
「単なる気持ちですよ。マザーには一時的にとは言えお世話になりましたから」
 リアンダがマザー・サマンサと知り合ったのはほんの数年前の事だ。リアンダの父親は、かつて政府の監部に属し主席監察官を勤めていた。しかし、ジェレマイア首相の政界再編の一環でこれまでの数え切れないほどの汚職や犯罪の数々が暴かれ逮捕、現在は八十年を超える懲役が確定し収監中である。既に母親とは死別し親権者のいなくなった当時のリアンダは、一時的にこの孤児院で世話になったのである。
 リアンダは金に余裕が出来ると必ず孤児院に寄付をしていた。ジェレマイアに処罰された賊軍の家族というだけで世間から不当な扱いを受ける事もあった自分に、どこまでも優しく平等に接してくれたマザー・サマンサへの感謝の念は非常に大きい。その感謝の気持ちを寄付という形で現しているのだが、悪事に平気で手を染める父親をリアンダは幼い頃から軽蔑しており、自分は父親とは違って良い事をしようという対抗心のような心理も少なくはなかった。
「お仕事は順調なのかしら?」
「ええ。金持ちの上客もまた一人増やして、今日は午前だけでかなり荒稼ぎさせて貰った所です」
「あらあら、随分と羽振りが良さそうじゃない」
「院の方は本当に大丈夫なんですか? 俺がいた頃は随分と苦しかったようですけど」
「本当に大丈夫よ。福祉法の改正に伴って、うちも政府からの給付金がかなり手厚くなり、資産税も大分免除されてるの。昔の政治家じゃ考えられないくらいね。本当にジェレマイア首相様々といったところかしら。って、あなたには面白くない話だったかしら」
「いえ、俺も良い首相だと思ってますよ。何て言うか、親父が豚箱ぶち込まれたのは自業自得だし、そもそも俺は親父の事は昔からあんまり好きじゃなかったんで」
 そう、とマザー・サマンサは遠慮がちな笑みを浮かべる。
 ジェレマイア首相はどこに行っても良い評判しか聞かない。世論形成が巧みであるのも一つの要因だが、本人が単純に有能かつ合理的な古き良きセディアランド人である事が一番大きいだろう。だから未だに多くの国民から支持される。その支持が高まれば高まるほど、一掃されたかつての主流派は忌み嫌われていくのだ。
「そう言えば、ステラちゃんには最近会ってるの? この間うちに来たけれど、あなたの事を気にしているようだったのよ」
「ああ……そう言えば最近はあまり会ってなかったですね」
「たまには顔を見せてあげなさいね。幼なじみなんだから」
「別にそんな深い間柄でもないですよ。境遇が似ているだけです」
 ステラもまた、リアンダと似た理由で一時的にこの孤児院に身を寄せていた。けれど彼女とはもっと記憶もあやふやなほど幼い頃から縁がある幼なじみである。大抵男女の幼なじみは年頃になれば自然と疎遠になるものだが、ステラとは孤児院での再会と、リアンダと同じ組織に属している共通点がある。それが未だ幼なじみの友達という縁に続かせている理由だ。
「照れなくてもいいじゃないの」
「いや、そんなんじゃないですってば」
 マザー・サマンサは、リアンダがステラと積極的に会おうとしないのは気恥ずかしさからだと思い込んでいる。リアンダ自身は、実際のところステラと会う事に忌避感がある訳ではない。
 ステラにはある大きな問題がある。それが、リアンダが組織に属した理由だ。
 リアンダが属している組織は大地と赤の党と名乗っている。無論、合法的な党派ではない。所属する人間の大半は、ジェレマイア首相によりかつての主流派の座を奪われた者やその関係者で構成されている。つまりジェレマイア首相に対して強い恨みを抱く集団が大地と赤の党なのだ。
 大地と赤の党は今、グリゼルダチェアを使った大規模なテロを計画している。一般人を無差別に巻き込み、ジェレマイア首相の求心力を低下させるとか、単に市民の血で一矢報いた気になりたいとか、そういう危険な計画だ。そんな組織の歪んだ思想に対し、ステラは盲目的なまでにどっぷりと浸かっている。リアンダの本当の目的とは、そんなステラを組織から抜けさせる事なのだ。