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「良くやってくれた。これで今回の作戦は上手くいくことだろう」
 血脈の依頼をしてきた幹部は、手にしたそれを見ながら満足そうに頷いた。
 あの出来事があった次の晩、期限ぎりぎりではあったがどうにか連絡を取って前回と同じ場所で血に浸した血脈を無事に受け渡す事が出来た。これでステラが標的となることはなくなり目出度しとなる、そのはずだった。今この場には、自分と幹部、繋ぎ役のギネビアの三人しかいない。
「ところで、あの子はどうした?」
「ステラは死にました。……警察と揉めた際に。遺体は多分どこかの警察署内にあると思います」
「そうか。まあ、こちらも期限内に間に合ったのだから良しとしよう」
 何故命を落とすことになったのか、その詳細すら訊かないのか。幹部があまりに無関心な事にリアンダは驚く。
 実際の所、ステラはまだ死んでいない。少なくとも特務監査室にはステラを死なせる意思は無いようだったから、まだどこかで無事に治療を受けていると信じている。それよりも、嘘の報告とは言え幹部のあまりにステラへ対する無関心さには徐々に驚きよりも怒りが込み上げてきた。
「一つ、お訊きしたいことがあります。特務監査室は血脈の起動には大量の血など必要ないと言っていました。それは事実なのですか?」
「ああ、そうだ。なんだ、今の特務監査室にもなかなか勤勉な者がいるじゃないか」
 幹部はあっさりと自らの嘘を認めるばかりか、特務監査室を誉めるような言葉まで口にする。ジェレマイア首相一派は全て憎いのではなかったのか。それとも言うほどジェレマイア首相以外には興味は無かったのか。
「では、あの時の言葉は何故!? 死ぬほどの血など必要無いと分かっていれば、ステラだって……!」
 自殺をはかり血脈に大量の己の血を浸すような行為には出なかったはずだ。ステラが少しばかり自分の血を抜き、その分の補填で自分が食事でも奢れば済んだ事なのだ。
「質問が二つ目だが、まあいい。わざわざああ言ったのは、君ら入党して日の浅い人間の覚悟を見るためだったのだよ」
「覚悟……?」
「そうだ。特に今の若者は、かつて我々がどれだけセディアランドの国政に関わり身を粉にして働いてきたのか、その苦労を全く知らない。だからジェレマイアのような軽薄な小僧に卑怯な騙し討ちをされ、政権を簒奪された悔しさが理解出来ないのだ。そんな若者が口先のやる気だけでなく、実際に覚悟を決めて我らの作戦に臨めるのかを知りたかったのだよ」
「そんな……その確認のため、ステラは死んで、もう大地と赤の党の党員として作戦に臨む事そのものが出来なくなったのですよ!?」
「そんな事もある。だがその精神こそが、我ら栄えある真の国主、大地と赤の党員に相応しいものではないのかな?」
 きっと幹部は、自分は今とても正しく美しい言葉を言ったのだと意識している事だろう。自分の言葉を誇らしく思う、そう言いたげな表情をしている。
 こいつは、そんな下らない精神論で貴重なはずの構成員を死に追い詰めさせたのか。
 リアンダの漠然と渦巻いていた怒りの矛先は、たちまち幹部へ定められた。武器は持っていない。だが、その辺りに転がっている石をゆっくり拾い上げれば、ギネビアに止められる前に三回は殴打出来る。それで、確実にしとめてやる。
 具体的に暴行することをイメージすると、瞬く間に迷いが消えた。後のことなど考えていなかった。今はただ、この幹部の顎を叩き割ってやりたい。二度とまともに話せなくなるくらいに。
 すると、その時だった。
「すみません、私も一ついいです?」
 突然、普段とはまるで違う猫なで声でギネビアが幹部に訊ねる。
「ん、なんだね?」
「このリアンダ君ですけど、私、もう手を出しちゃって構わないですか?」
 一体ギネビアは何を言い出すのか。あまりに突拍子のない言葉に面食らったリアンダは、妙な声を漏らしギネビアの顔を見た。
「せっかくだし、このあと二人で壮行会しようって思ってまして。問題無いですね?」
「はあ……そんな事か、まったく。グリゼルダチェアはもう運び込み終わったのだろう。だったら好きにしなさい。そんな下世話な事でわざわざ私に確認を取らなくともよろしい」
「じゃあ、そうさせていただきますね。お疲れ様でした」
 そして幹部は幾分呆れながら去っていった。
 一体急に何だ。困惑しながらギネビアの方を向くと、彼女は彼女で安堵したような表情を浮かべていた。そこでリアンダはギネビアの意図を察する。熱くなった自分のため、機転を利かせてくれたのだ。
「気持ちは分かるけど、あの人に逆らった所で何も良いことはないよ?」
「……すみませんでした」
「それで、ステラちゃんは本当はどうしたの?」
「本当の所は生きているか死んでいるかも分かりません。特務監査室に捕まって逃げた時には、死にかけているのを手当てして貰っていた状態でしたから」
「そうなると……どっちみち生きていても死んでもニュースにはならないわね。あるとするなら、身柄を政府関連の病院施設のどこかって所か」
 無論、リアンダはステラが生きていると信じている。ステラは特務監査室にとっても重要な情報源になるはずである、みすみす死なせるはずがない。
 では、どうすればステラと再会出来るのか、その問題がリアンダの脳裏に浮かぶ。けれど、今はそれを考える事は止めた。会った所で何がどうなる訳でもなく、それよりもこの現状がステラにとって安全に組織から足抜け出来た理想の状態なのだから、下手に触れないのが得策なのである。