BACK

 自宅へ戻ると既にウォレンの姿があった。その表情はやけに真剣で、やはり先ほどの会話を聞いていたようだった。
「で、明後日に遂におっぱじめようって訳か」
「そのようです」
「ぼやぼやしてらんねーな、こりゃ。お前、今から出られるな? ウチに来てもらうぞ。日が出てからじゃ、お前も動きづれーだろうしな」
「分かりました。とりあえず本庁舎へ行けばいいんですね?」
「ああ。なるべく目立たないように来いよ。この時間じゃ、見つかっても言い訳できねーからな」
 リアンダは素早く身支度を済ませ、音を立てないようそっとアパートの部屋を出る。中にはウォレンを残したままだが、ウォレンはウォレンで自分のルートで出て本庁舎へ行くそうだった。
 既に日付も変わった深夜、東区は一部の盛り場を除いてはすっかり寝静まり静寂に満ちている。リアンダはそれでも更に念のため裏通りを経由しながら中央区の本庁舎を目指した。このシチュエーションに先日のグリゼルダチェアの搬送を思い出す。あの時も夜中の人気のない時間帯にこうやって裏通りを経由しながら移動していた。警察などの人の目を避けるためだったが、今回は大地と赤の党の関係者の目を避けるためである。あれからそれほど日数は経っていないというのに、随分と立場が逆転したものだ。
 本庁舎の近くまで来ると、その近辺は沢山のガス灯に照らされているため隠れられる場所がほとんど無くなってしまった。本庁舎の方を見ると、未だ仕事をしているのか明かりが漏れている窓が幾つかある。ここは下手にこそこそ歩くより、素早く堂々と突っ切った方が無難だろう。リアンダは足早に職員用の入り口へ向かった。
「おう、来たな」
 するとそこにはウォレンの姿があった。自分よりも後に出たはずなのだが、もう先回りしていたようだった。軍人上がりとは言え本当にどんな体力をしているのかと空恐ろしく思う。
「とりあえずお前にはうちの執務室に居てもらう。朝にうちの連中が登庁して来るだろうから、その時にはもう洗いざらい喋って貰うぞ。まどろっこしい駆け引きなんざやらねえからな。そういう事態じゃねーんだ」
「分かってます。俺だって、人を傷つけたい訳じゃない」
 だがリアンダのその言葉は、ウォレンには鼻で笑われた。実際のところ、ウォレンはリアンダが寝返っている事は信じても、大地と赤の党の構成員という事実に対して未だ軽蔑しているのだ。
 ウォレンと共に執務室へ入る。応接スペースのソファに促され座るリアンダ。ウォレンは自席の椅子を近くに持ってきてそこに座った。ウォレンは鋭い視線で上からじっと見下ろして来る。
「で、先に聞いとくが。残りのグリゼルダチェアの場所はどこだ? それだけでも先に本部へ上げとかねーと」
「分かりました」
 リアンダは残るグリゼルダチェアの場所を詳しく正確に説明する。その中には当然、特務監査室が管理するあの第三倉庫も含まれている。
「チッ……あそこもかよ」
「何かあるんですか?」
「いや。俺はちょっと本部行って来るから、お前はここから絶対に出るなよ」
 ウォレンは席を立ち部屋を後にする。
 第三倉庫は特務監査室が管理する、いわゆるオカルト的な物品を隔離する場所の一つだ。ウォレンはその名前に反応したのだろうが、様子が少しおかしいようにも思えた。ギネビアの話では、第三倉庫に収められているのは直接的な害は無いが非科学的な物だったはず。そんなものでも巻き込まれるのはやはり困るのだろうか。
 そうだ、何故あの倉庫なのだろう?
 ふとリアンダは、ウォレンに改めて残りのグリゼルダチェアの場所を説明したせいで、第三倉庫という選択の異質さに今更ながら気付いた。グリゼルダチェアは、災いを起こして無差別に人々を巻き込む事が目的で聖都へ持ち込んだ。そのため、グリゼルダチェアは少なくとも四カ所については、普段から大勢の人間が集まる場所が選ばれている。けれど第三倉庫は単なる倉庫街の一角にある非常に目立たない立地だ。そこを日常的に訪れる人などほとんどいない。では何故そんな所にグリゼルダチェアを置くのか。例え災いを起こしても、元々人がいないのであれば大して被害など出ないではないだろうか。特務監査室がジェレマイア首相直轄の組織だから、そこに対する嫌がらせで面子を潰せると考えているにしても、他と比べ圧倒的に規模が小さい。対外的にも特務監査室は非常に無名の組織なのだから、影響もほとんど無いだろう。
 リアンダの身の内から、うまく説明のつかない異様な不安感が一気に込み上げて来る。何かを見落としている、強いて言うならそんな予感だ。
 大地と赤の党の人間は、基本的にジェレマイア首相への逆恨みだけで動いている。活動も感情的で独り善がりなものばかりだから、計画性といったものはほとんど縁がない。そんな彼らがセディアランド国家を相手に出来ているのは、彼らがかつて間違い無くセディアランドを牛耳っていた支配者側だったため未だ僅かに支援者がいる事と、その時に得た超常現象を起こす物を所持しているためだ。復讐しか考えない人間の視野は狭い。ジェレマイア首相へ最大限の悪意をぶつけようと知恵を絞り出している。だからこそ、第三倉庫のような存在に違和感を覚える。
 もしかして自分は、組織の人間達が持つ企みの真意を見抜けていないのだろうか?