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「え……俺の親父のことを?」
「もう随分前からね。君の事もそう。何度か会った事あるの、小さくて覚えてないかな?」
「それは、どうして……」
「私は彼の愛人の一人だったの。まだ十代の小娘が好みだったらしくてね。私もそれなりに彼の事は愛していたのよ? それをあのジェレマイアが全て台無しにしたから組織に入ったの」
 ギネビアが父親の愛人だった?
 思わぬ接点の告白にリアンダは戸惑った。父親に愛人がいる事は知っている。家に連れて来るのもしょっちゅうだった。ただ、明らかに一人二人ではなかったからいちいち顔など憶えていない。けれど、まさかその中の一人にギネビアがいたなんて。
 まさかギネビアが自分の上司になったのも、何か作為的なものかあったのだろうか。自分に着目していたのは、裏の目的があったりするのだろうか。様々な疑問が一気に吹き出したリアンダは、普段では有り得ないほど思考が回転した。けれど焦りばかりで考えがまとまる事はなく、結論は一向に出ない。
 そんなリアンダの様子を見ながらギネビアは、嗜虐的な色を交えた笑みを浮かべる。
「ああ、今の君、とってもいい顔してるわ。あの人そっくり。私はね、あの人のそんな顔を見るのがたまらなく好きだったのよ」
 からかう訳でも騙す訳でもない、心からの本音で言っている。そうリアンダは直感的に思った。あの、人を人と思わない自尊心の塊のような男が、まさかこんな嗜虐的な趣味を持った女性を愛人にしていたなんて。それは驚きとも嫌悪感ともまた違う感情だった。そんな個人的な話をこの場で平然と吐露するギネビアが、一体どんな思惑を抱えているのかと不気味でならないのだ。
「茶番は終わりにしましょうか。あなたがテロ行為に携わった経緯は警察の方で聴取します。このままおとなしく投降するか、さもなくば力ずくという事になりますが」
 淀んだ川のような場の空気を切り裂くかのように、エリック室長補佐が堂々した振る舞いでそうギネビアへ宣言する。同時にウォレンが武器を構え、彼が言っている事は脅しでも何でも無いことを態度で示す。場の空気が読めないのではなく流されない強さが、特にあのエリック室長補佐にはあるように感じた。一見すると小柄で頼もしさとは無縁に見えるのだが、おそらくこういった精神的な強さが責任者に抜擢された理由なのだろう。
 するとギネビアはしばしエリック室長補佐をじっと凝視すると、突然苛立ち混じりに当てつけがましい溜め息をついた。
「あなたのような男は嫌いね。怖いものなんて無い、怖くても絶対に面に出さない。それを支える程の強い信念があるから。これまでも、どんな危機があっても自分の才覚で乗り越えてきた人間。そういう人間ってね、本当に想定外の事態でも冷静で、一つも怯えた顔をしないから、付き合っても心底つまらないのよ」
「テロリストに好かれようとは思いません。投降しますか? 回答が無いのであれば力ずくで制圧します」
 いよいよウォレンが躙り寄る。当然だが、元軍人のウォレン相手に戦ってもギネビアに勝ち目は無いだろう。文字通り制圧しか有り得ない。だがこれで、この場所の脅威は無くなるはずである。しかし、
 ガンッ! ガリリ!
 突然、ギネビアの背後にある鉄の扉が内側から激しく叩かれ、引っかかれる。あの扉は、例の人を殺す鎧とやらが隔離されている場所だ。
「へっ、安心したぜ。厄介な鎧はまだ中に居るみてーだな。だったら相手は女一人だ、このまま力ずくで押さえ込んだ方が手っ取り早いぜ」
 そう言ってウォレンが踏み出そうとした時だった。
「あら乱暴ね。だったら私もこうしちゃおうかしら」
 そう言ってギネビアは、傍らにあった何かに被せてあった布を勢い良く剥がす。すると、そこから現れたのはあのグリゼルダチェアだった。
「私が触るのと、あなたが押さえ込むのと、どっちが早いかしらね?」
 挑発的な笑みを浮かべゆっくりグリゼルダチェアの傍へ近付くギネビア。ウォレンはそれ以上動けなくなった。ウォレンがギネビアに触れるよりも、ギネビアがグリゼルダチェアに触れる方が遥かに早いからだ。
「そんな脅しに何の意味があるんです。場が膠着し時間が無為に過ぎていくだけです」
「あら? あなた達はどうすればグリゼルダチェアが災害を起こすのか知ってるの? 私はこうやって災害が起こるまでの時間を稼いでいるのかも知れないわよ?」
「自分諸共にですか。わざわざ弁明する辺り、嘘ですね」
「だって私、もうこの世に未練なんてないから。そうでなきゃ、あんな馬鹿みたいな連中とつるんだりしないわ」
 ギネビアは飄々とした口調で核心をかわしているようにも思える。けれどリアンダにも彼女の目的が何なのかは分からなかった。
 グリゼルダチェアが時間経過で災害を起こすという話は聞いた事がない。今までは触る事がトリガーだと思っていたが、これはギネビアが隠していた条件である可能性も考えられる。けれどやはり不自然だ。死ぬことが目的なら、それこそ駆け引きもせず問答無用でグリゼルダチェアに触れれば終わりのはずなのに。
 エリック室長補佐もウォレンも、ギネビアとの距離を詰められず立ち尽くしている。だがこの睨み合いも、有利なのはギネビアの方だ。彼女はすぐ傍らの触れるだけで良いのだから、同じ対峙でも緊張感が違う。
 まずい。ギネビアの目的はともかく、場が彼女の流れだ。何とか流れを変えなくては。
「教えて下さい、ギネビアさん。どうやってグリゼルダチェアをここまで運んだんですか? 触ったら起動するはずなんですよね」
 流れを変えるには、ギネビアの注目を自分へ集中させればいい。そう確信したリアンダは、今となってはどうでも良いような質問を投げかけた。