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 ウォレンが人質を盾に脅迫されている。
 本人は人質なんかに価値は無いと言う。けれどリアンダは、それは嘘だと分かっていた。この数日、ウォレンに見張られる生活などを通して彼の人となりは概ね理解しているつもりだった。ウォレンの行動する一番の理由は、何よりも情なのである。
 ウォレンの性質を見抜いた確信を持つギネビアは、腹を刺され思うように動けないリアンダを盾に牽制する。腹を刺したナイフは血にまみれており、今度はそれをリアンダの喉元へ水平に押し当てている。ちょっとでも引けば喉が切り裂かれる形だ。ナイフにも詳しいウォレンが動けないという事は、それほどリアンダは手出しの出来ない危険な状態にあるということである。
「クソが……! それで、俺にどうしろってんだ!」
「だから、分かるでしょう? 私の目的は」
「血塗れ伯爵の鎧を黙って通せって事かよ」
「そうね、さっきまでだったらそれでも良かったんだけど。今はちょっと活きの悪い人質がいるから、すんなり通すのも困るのよ。私が捕まるでしょ?」
「だったら何だってんだ」
「私が上に行くまで、鎧。私に触れないよう護衛をして欲しいの。上に着いたら、ちゃんとこの子は解放してあげるわ」
「護衛って……」
「どういう意味か分かるでしょう?」
 何故護衛などしなければいけないのか、そもそもこの場合の護衛とはどういう意味なのか。しばし考え込んだウォレンは、やがてその意味する所に気付き、屈辱感で奥歯を強く噛み締める。
 ギネビアは血塗れ伯爵の鎧を連れて上に行きたいが、それでは自分が危険に晒される。だからウォレンを盾にしたい、そういう意味である。当然だが、血塗れ伯爵は人を殺す事が行動目的である。ただ追い返すのではなく連れていかねばならない以上、ウォレン自身の負担や身の危険はあまりに大きい。
「……ここで俺が逆らえば小僧は死ぬな。でもお前に従えば、もっと大勢が死ぬんだよ。やっぱり従えねえ」
「あら、本当に見殺しにするの? 薄情ねえ」
「無差別に人殺ししようってクソ女が、人の情を語るんじゃねえよ!」
 怒りを露わに叫ぶウォレン。これは明らかに人質の安全を諦めて国の安全を優先し、割り切ろうとしている。だがそれでいいとリアンダは思った。我が身可愛さに大勢を未知の危険に巻き込む事など到底出来るものではないからだ。その時の罪悪感を想像する方がよほどに恐ろしい。
 呼吸も弱まり始め、離れた位置にいるウォレンに聞こえるような言葉を口に出来ない。けれどリアンダは苦渋の表情で自分を見るウォレンに対し、気にするなと大きく口を動かして自らの意思を伝えた。見殺しにされようとウォレンの判断を責めたりしない、その覚悟の表明だ。
 人質を見捨てギネビアを確保する。そんな悲痛な覚悟を決めたウォレンが正に第一歩を蹴り出そうとした、その瞬間だった。
「だったら、リアンダ君が助かる選択肢も出しましょうか?」
 不意にギネビアの口から飛び出した交渉カードに、ウォレンは咄嗟に二歩目を踏ん張って止める。
「何だよ! どうせ騙すつもりで言ってんだろ!」
「話だけでも聞いてみなさいな。リアンダ君が助かり、あなたも罪悪感に苛まれず、私も二番目の目的が一つ果たせてスッキリする、良いことずくめの提案。あなただって、助けられたかも知れない人を見殺しにして今後も苦い思いを引き摺りたくないでしょ?」
 リアンダを見殺しにしてでもやり遂げる。その覚悟を決めたにも関わらず、ギネビアは容易くその覚悟を揺さぶって来た。必要に迫られて決めた即席の覚悟など、揺さぶるのは容易であるとギネビアは断言出来る。都合の良さそうな選択をちらつかせるだけで、人は罠と分かっていても気に留めざるを得ない事を知っているからだ。
「……だったら、どうしろってんだ」
「簡単よ、ほら」
 ギネビアが指し示す先、隔離部屋の入り口の枠からまたしても血塗れ伯爵の鎧がのっそり姿を表す。
「ここにはちゃんとした武器が無いからね、ほらああやって素手で動いちゃってるでしょ? 初めに持っていた自作のも壊されちゃったし。だからきっと、抵抗次第では時間をかけてくれるわ」
「てめえ、何が言いたい」
「簡単な事だってば。あなたが血塗れ伯爵に痛めつけられて、再起不能にでもなればいいの。そうすれば、あのラヴィニアとかいうクソ女が頭を抱えるでしょ? きっとあなた達の組織仲もギクシャクするはずだわ」
「未だにそんな事を……!」
「だから、別に絶対に死ぬ必要はないのよ? あなたが死にそうになったら、私達は先に上に行くから。リアンダ君も解放してあげる。その間、あなたはゆっくり後を追って来るか、とどめでも刺されて頂戴」