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 特務監査室のメンバーが病室へやってきたのは、リアンダが目覚めてから翌日の事だった。目覚めたリアンダを医師が診察し異常無しと判断したのが伝えられたからである。
「ひとまず、無事で何よりです」
 そう話す女性、リアンダは一度しか会った事は無かったが良く覚えている。彼女が特務監査室の責任者であるラヴィニア室長で、ギネビアが一方的な恨みを抱いている人物である。
「ああ、はい。助けて頂いたおかげで、死なずに済みました」
「こちらとしても、まだあなたに死なれるのは困りますからね。現在も起訴に向けて事件の捜査中という事もありますし」
 まだ。きっと彼女の本音だろうとリアンダを思った。エリック室長補佐は単に救える人間なら救うという人道的な判断だったのだろうが、現場には出て来ない彼女の場合はよりシビアに物事を損得で考えるだろう。自分は救われたと言うよりも生かされている立場なのだ。
「……そもそも俺も無罪放免って立場じゃないですからね。そういうのは分かってるつもりですよ。別に今更隠し事をするつもりも無いですし、聴取でも何でも応じますよ」
「なら結構です。傷の経過を観て、警察や検事、国家安全委員会の人間が面会に来るでしょうが、それに従って貰えば良いです」
「それで、こう言っては何だけど、今日は何をしに? まさかこんな大勢で見舞いって訳でも無いでしょう」
「ええ、少し重要な話をしますので、私が直接でないと」
 すると、半開きだった病室のドアをマリオンが閉めて遮るように立った。わざわざそんな事をしなくとも逃げる意思もなければ、そもそもそんな体力自体が無い。なら遮ろうとしているのは外から入って来る人間となるが、何故部屋の中で遮るのか。
 訝しんでいると、ラヴィニア室長はそれを察して話し始めた。
「警戒せずとも、何も不当な事をするつもりはありませんよ。ただ、ここは警察関係者が多い病院なのであまり目立ちたくないのと、我々以外の人間に聞かれたくないだけですから」
「はあ……何の用事かは知りませんけど」
 何やら胡散臭い雰囲気だ、そうリアンダはこの空気をより訝しむ。
「まず、あなたの幼なじみのステラさんの事についてですが。現在、意識も取り戻し経過も良好とのことです」
「そうですか……良かった、無事で」
「あなたにも言える事ですが、彼女は大地と赤の党の構成員です。同様に各所から面会は受けてもらう事になるでしょう」
「あいつは、ステラは起訴されるんでしょうか?」
「それは分かりません。我々の管轄ではありませんから、あなたも彼女も処遇は法務省の方針次第かと」
 特務監査室はあくまで犯人を確保しただけであり、量刑を決めるのは管轄ではない。今後自分達がどうなるかは、面会や裁判を通して法務省の判断に委ねる他ないのだ。
「そしてもう一つ。むしろこちらが今日来た本題になります」
「わざわざ人払いするほどの事なんでしょうか」
「ええ、勿論。私は法務省に知り合いが何人か居るのですが、実は既にあなたと彼女の処遇については省内で内定済みで、私は詳細まで把握しているんです」
「もう台本が出来ていて、後はそれに則って進められると。裁判の経緯とか結果までも決められてる。俺達の命運は決定済みという事ですか」
「その通りです。それで判決ですが、あなた達は収監無しでの仮釈放扱い、保護観察処分となります。期間は未定で、保護司の判断次第です」
「保護観察って、随分軽いですね」
「事件への関わりや経緯を鑑みれば妥当な所ですよ。そこであなた達は身元引受人が居ないようなので、私が引き受ける事にしました。あなた達は今後、保護司役の私と定期的な面談を行い、指導に従って貰う事になります」
「もしかしてそれ、俺らが色々とオカルトで面倒な事知ってしまったから、余計な事をしないよう監視するためじゃないですかね」
「それを込みでも人道的だと思いますよ。当初は、秘密拘置所に一生隔離するか安楽死かなんて言われてたんですから。そこまでの罪は犯していないことと、あなたの功績は評価するべきだと説得したんです。それに超常現象に関連した事は私達の管轄ですから」
「あんたが法務省の判断を覆したように聞こえるんですけど……」
「世の中こういう時のために備えて、日頃から貸しを作っておくものです」
 しかし今の話が事実であれば、彼女は命の恩人という事になる。自分もステラも、多少の難はあっても正しい生活が出来るようになるのだ。
「もしかして、警察はこの事を知らないんですか?」
「ええ、そうです。ステラさんも知りません。特に警察は、あなた達を何としても起訴し厳罰に処そうと、検察と連携して躍起になっています。そのための人払いなのです」
 警察の頭越しに処遇が決定してしまっているのだから、もしもこの話を知ればどう思うのか、それは想像に難くない。このラヴィニア室長という人物は一見理知的で温和そうに見えるのだが、こんな手筈を平気で取るのか。リアンダは戦慄する。
「状況は分かりました。後は素知らぬ顔で警察とかの面会を受けておけば良いんですね。でも、なんでわざわざ打ち明けるんです? 俺がへそを曲げて突っぱねるのはメリットが無いとしても、伝えた所で何か意味あるんですか?」
「ありますよ。これには一つ、問題がありますから」
「問題?」
「ステラさんの事です。彼女にはこの件を伝えていません。それは、彼女が特務監査室に対して明確な恨みを持って今回の事件に加担したからです」
 そう、ステラは当時のレジェマイア派へついた特務監査室のせいで生活環境が一変し、大好きだったピアノが弾けなくなり音楽学校の夢も断念せざるを得なくなったのだ。しかも特務監査室を恨むのは逆恨みだという自覚があっての行動なのだから、ステラにとってこの件は本当に根深い。
「このままだと、ステラが特務監査室に対しての恨み辛みを裁判で盛大にぶちまけ反省の色無しと見られ、せっかくの台本も白紙にし実刑にせざるを得なくなると。そういう事ですか」
「保護司が特務監査室の室長である事も知れば、より態度は硬化させるでしょう。彼女の収監はあなたも避けたいはずです。そこであなたへのお願いになるのです。ステラさんの確執を何とか解いてあげられないでしょうか」
 何がお願いだ。ステラを引き合いに出せばこちらが断れないのを知っておきながら。これでは遠回しな脅迫だ。
「俺がステラを説得して宥め賺して、あんたらには得はあるんですか? そもそも何が目的なんです? こんな取引ではなかったはずだし、俺も要求した覚えはないし」
「私達も損得だけの合理的な判断をする組織ではないという事です。時には感情的な行動だってしますよ」
 どうせ罪悪感か何かじゃないのか。
 リアンダはラヴィニア室長の言葉をあまり真には受けなかったが、ステラの説得は必要である事だけは納得した。
 後はステラへどう話してみればいいのか。
 今度こそステラを救いたい。救わなければ。これが最後のチャンスである。それを思うと自然とリアンダの緊張感は高まっていった。