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「はい、という訳で。第二回夜の女子会トークを始めるんですが」
 深夜。とある街の一角にある宿酒場、その客室の一つ。そこで彼女達はろうそくだけの明かりを灯した小さなテーブルを囲んでいた。声を潜め、寝静まった部屋の外の気配に警戒しつつ会議を進める。
「まだ私達はお世辞にも仲良くはないので、引き続き摺り合わせを行っていく訳なんだけれど。まずは前回、曖昧なまま終わった事の確認。全員、エクスに対しては本気だって思っていいんだね?」
「え? あ、いや、そう改めて訊かれると照れちゃうなあ……」
「私は、その……星読みのお告げに従うまでです」
「まあ別に、どういうきっかけで惚れたとか、何が好きだとか、全部心の内まで具体的に話せとはまだ言わないけどさ。取りあえず、全員本気だって前提で進めるよ」
 進行役の女性は、議題について照れを見せる二人とは対照的に淡々とした様子で話を進めていく。全員が同じだと言ってはいるが、彼女に限ってそんな素振りは見られなかった。その余裕ぶりに二人は密かに警戒する。
「なんかしっくり来ないんだけど……あんたは本当に本気なの? 淡々として、なんかこう事務的というか他人事というか。恋する乙女って感じしないんだけど」
「そういう性分に生まれついただけよ。本気も本気、そりゃあ本気よ。なんなら今までに試みたアプローチの結果を話そうか? 今回決めようと思ってた事について、あながち無関係とも言えない事だし」
「え、あんた抜け駆けしてたの?」
「だから、今後そうやって揉めないよう決め事をしておきましょうという話よ。私達三人はライバル関係になる訳だけど、エクスのサポート役が本来の仕事。恋愛の事で不仲になって本業に支障を来す訳にはいかないでしょ?」
 三人共、エクスについて恋心を抱いてはいるものの、まだその気持ちは秘めたままだと思っていたのだが。一人、既に具体的な行動に出ていたと知り、たちまち二人の心中は穏やかではなくなる。薄明かりで見えにくいが、二人の表情が幾分険しくなる。
「取りあえず最初に試したのは、心失香っていう思考力を低下させて自制を利き難くするお香なんだけど。寝付きが良くなった程度で、その気にはならないみたいね。普通にハキハキ会話出来ちゃってたわ」
「ちょっと待って。自制を利き難くってどういうこと? まさか手っ取り早く既成事実だけ作ろうとしてる?」
「そもそも、そのお香は半世紀も前に世界的に製造も禁止されたものです。なんてものをエクス様に使うのですか!」
「好きな相手をモノにしたいだけだし、手段なんかいちいち選ぶ方が非合理的じゃん? 恋のテクニックとかいう教本と何が違うの」
 唖然とする二人を後目に、しれっとさも当然の事のように答える。価値観が違い過ぎる、そんな心の声が聞こえて来そうな温度差だ。
「こう、もっと情緒とかそういうの大事にしないのあんた……恋愛まで合理主義なんて。熱いときめきとか燃えるようなドキドキ感はどこにいったのよ」
「それに、取りあえずと仰っていましたが、他にエクス様にはどのような事をされたのですか」
「自白用の幻覚剤とか、泥酔状態にするお茶とか。魅了の魔法も何種類か使ったなあ。コカの葉は止めておいたけど、まあ何を盛ってもまるで効かない効かない。こればかりは流石は女神の加護って感じ」
「あんた滅茶苦茶するわね……」
「そうです、その通りです。エクス様には創世の女神様の加護があります。これまでの戦いでも十分に承知だったはずです」
「そう、つまりエクスには体にとって毒となるものが一切効かないってこと。これって結構重要な情報でしょ? 実際どこまでの耐性あるかなんて試してないんだし。一応、先駆けのお詫びで開示してるんだからね」
「そもそもワタシは一服盛ってなんてやらないから」
「だから今度は違うアプローチをしようと思ってたの。今までは毒だから駄目だった訳で、だから今度は体に良い薬にしようと」
「体に良い薬?」
「中高年向けの強い精力剤とか強壮剤を盛ってね、その上で迫れば簡単に既成事実が作れそうじゃない? 男ってムラムラしてると滅茶苦茶頭悪くなるらしいし」
「やり方が下品です。これだから魔導連盟の方は……」
「都合の良い方向へ誘導するだけだよ。過激な下着姿見せるのとあんまり変わらないと思うんだけどなあ。正教会の方こそ考え方が固すぎない?」
「付き合う前から既成事実だけ作ろうって、その方向がおかしいのよあんたは。大体ね、そういうガツガツした女なんて普通の男は引くんだからね。あーそういえば、そうやって失敗する女はギルドでも散々見てきたわー、本当に飽きるほど見てきたわー」
「え、そうなの? てっきり既成事実さえあれば後は何とかなるって思ってたんだけど、読んだ本の情報が古かったかな……」
 自分の手法が根本的に間違っていると思い知らされ、萎むように急激にトーンを落とす。その様子を見た二人は内心安堵する。予想外に強い押しを持っていた彼女だが、これで大人しくさせる事が出来たからだ。
「とにかく、あんたのやり口は良く分かったから。それで今後の事についてだけど。まずは抜け駆けは無しだから。勝手にエクスを誘惑しないこと」
「そうです、毒だの薬だのなんて以ての外です。もっと自然に任せるべきかと」
「じゃあ、仕掛ける時はどうするの? 二人の承認を得てからする感じ? それで進捗も報告して共有すると」
 その提案に二人は一旦言葉を詰まらせる。この局面が確実に今後の恋愛における展開について重大な影響を及ぼす事になると感づいたからだ。だから自分にとって有利なルールを敷くべきである。しかしそこで言葉が詰まるのは、何が有利なルールになるのか全く分からないからだ。
「そ、それがよろしいのではないでしょうか。エクス様が誰を選んでも恨みっこ無し、納得がいくと思いますわ」
「そ、そうね。ああ、取りあえずね、取りあえず。今後の状況次第で、また話し合って決めるという事で」
「そう、分かった。あたしももう失敗はしたくないから」
 そして愛想笑いを見せ合い、ちゃんと合意に至ったという暗黙の了承を得たと確信する。
 互いを恋のライバルと認識しておきながら、馴れ合い、状況まで共有する理由。それは、三人共これまで一切の恋愛経験が無く、エクスとの仲を発展させるにはどうすればいいのか全く分からないからだ。要するに、抜け駆けなどする気満々であるが誤った方法で失敗はしたくない、だから一人で方法を決める事が出来ない。そういう不安の中で仲間意識と安心感を求めようとする、目的とやや矛盾した心理なのだ。