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 レスティンが戻って来たのは、出掛けてから僅か三時間ほど経ってからの事だった。息を切らせ部屋に飛び込むように入ってきたレスティンの様子から、一目で何か大きな収穫があったと窺い知る事が出来た。
「居たよ、居た居た! 大当たり!」
「もしかして推測が当たりだった?」
「モチロンよ。いやあ、ツイてた。海運ギルドの方で、たまたま人類軍の輸送の仕事をやってたって話があってさ。その時に乗船者名簿にモロ居たんだって。アリスタン王朝の皇室関係者。新聞や週刊誌でもちょいちょい取り沙汰されてた人だって」
 意気揚々とレスティンは入手したという資料を三人へと見せる。それは乗客名簿の写しと様々な雑誌の記事の切り抜きを寄せ集めたものだった。
「クラレッド……この方はアリスタン王朝の皇太子の従兄弟に当たる方ですね。ただ庶子なので、継承権とは無関係の立場だったはずです。以前、王宮で一度ご挨拶だけしたことがありますよ」
「そうそう、継承権が無いから最前線へ従軍も出来たってこと。んで、これと同じ名前が脱走者リストにあるはず。第十七砦に配属されてるそうだから、すぐ分かるよね」
 早速これまで聞き取り調査で集めてきた情報リストから第十七砦のものをピックアップしようとする。しかし、
「む、第十七砦からは脱走者はいないようだね。情報が何も無い。勇ましい事だな!」
 全ての砦から脱走者が出た訳ではないのだから、当然提供されない砦も幾つかある。クラレッドは脱走者のいない第十七砦所属なのだから、当然脱走はしていないという事になる。
「ええー、そんな! じゃあ空振りなの!? 完全に無駄足!?」
「いや、そうでもないんじゃないかな。そういう身分の人が脱走したなら、素直にはいそうですと情報開示なんてしないんじゃないの? ただでさえこっちは勅書みせてるんだし。むしろ、隠蔽したって考える方が自然なんじゃない? 脱走者が大勢いるのは周知の事実なんだし、一人くらい隠しても目立たないからね」
「では、むしろ信憑性が増したと捉えて良いのでしょうか?」
「多分ね。とりあえず、素直に外れでしたって結論付けるのはまだ早いかな」
 第十七砦は、皇室関係者であるクラレッドの脱走の事実を隠蔽している。もしそれが事実なら、アリスタン王朝が勅命でエクスに調査させた理由も納得が出来る。幾ら庶子と言えど、皇室関係者が脱走したというのはあまりに風聞が悪い。人類軍も脱走の事実を隠蔽するが、他国の人間が掴まれる事も決して有り得ない話ではない。勅命はこの状況に対してアリスタン王朝が介入する方便なのだ。
「なんかいよいよ見えてきたって感じ。これ、エクスにクラレッドを見付けて身柄を押さえろって事なんでしょ」
「むむ? 勅書にはそのような事は書いてはいなかったぞ?」
「直接書ける訳ないじゃない。あたしらが調査していけば不自然さに気付いてクラレッドの事に辿り着くのは想定済み、そこから先の次の段階まで期待されてるの」
「なるほど、そういうものか! ならば早速、第十七砦をもう一度訪ねて真相を問い質そうではないか」
「だから、それは無理だって。そういう大事にしたくないんでしょ、第十七砦の責任者もアリスタン王朝も。だから軍属じゃないあたしらなの」
 そしてそれはおそらく、この件で何らかの瑕疵があった場合、責任をこちらになすりつけて来る。人類軍としては脱走の責は負いたくない、アリスタン王朝は身内の脱走者の汚名を着たくない、もしも事が世間へ詳らかになってしまった場合はどちらの所属でもないエクス一行へ矛先を向けられる事は十分有り得る事なのだ。魔王のいない今、エクスを切り捨てる事に躊躇いのない勢力がいてもおかしくはない。
「となると、脱走した連中はどこへ行ったのかって事だね」
「ウェイザック伍長の残した資料が手掛かりとなるのですね。脱走者がみんな同じ情報を持っていて、同じ所へ向かったという前提での話ではありますが」
「こればっかりは裏が取れないからなー。もう、そう信じるしか無いよね」
「他に手掛かりが無いのなら、これを追うしかないだろう! なあに、やってみれば何とかなるものさ! 創世の女神は自ら助くる者を助くと言うからね」
 そう呑気に笑うエクス。おそらくエクスはウェイザック伍長が残した情報自体の信憑性も疑っておらず、クラレッドの行き先や身の安否、そしてうまく行かなかった時の事も考えていないのだろう。
 今は焦臭い出来事や不確定な物が多すぎる。だからこそ慎重になるべきなのだが、考えても仕方のない事を不安がるよりもエクスのように鷹揚に構えていた方が精神衛生的にも良いのかも知れない。