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 ウェイザック伍長の残した地図によると、それはハイランドのある地点への行き方を示しているようだった。しかしその場所が問題だった。それは人類軍の引いた戦線を遥かに越えた地点だったからだ。かと言ってそこは魔族の支配域という訳でもない。双方が引いた戦線と戦線に挟まれた、戦闘を実際に行う支配の空白地帯である。更に言えば、人類軍の砦だけでなく魔王軍の砦からも外れた僻地でもあった。
 その地点はハイランドの海側に面しているが、海岸線が極端に高く切り立っている上に形状が複雑なため海流が読みにくく、船の停泊は不可能である。陸側は深い峡谷と海側から流れてくる霧のせいで視界も狭められ、ただでさえ危険な峡谷が更に危険さを増している。そういった事情から、戦略的な旨味も無ければ補給路の確保もままならないため、この戦争において考慮の必要のない土地として見られている。確かに人類軍の追跡から逃れるためなら最適の立地であるが、そのためだけにはあまりに過酷でリスクが高いように思う。ただでさえ魔王軍との戦闘が鈍化している状況で、ここまでのリスクを犯してまで向かう価値は無いように思える。
 エクス達はまず目的地に最も近い第四十三砦を目指す。これまで十九名という最も多い脱走者を出したこの第四十三砦は、責任者がエクス達に対して非常に好意的であったため、物資の補給をさせて貰う事が出来ただけでなく戦線ギリギリまで一部隊を随伴までさせてくれた。
 そうしてエクス達はいよいよ人類軍の支配地から外へ足を踏み出す事となったのだが、エクスと違って経験者ではない三人はたちまち言い知れぬ緊張感に苛まれるのだった。
 だだっ広い荒野を抜けると、今度は一変して深い森へと差し掛かった。だがそこは既に峡谷の中で、普通の森と同じように川が流れているかと思えば深く底の見えないような崖が木の陰に隠れていたりと、霧など無関係に危険極まりない場所である。未開の地であるため、当然道は整備されていない。獣道と呼べるようなものも無く、ただひたすら木々の間を縫うようにして歩くばかりだ。
「ねえ、エクス。いきなり魔王軍が襲って来るってこと無いよね?」
「魔王軍はあんまり不意打ちのような事はして来ないよ。急に襲ってくるのは魔獣とか怪物の類だから大丈夫大丈夫。それにこの気配の感じだと、野生動物の方がずっと多いね。俺達が見慣れないから警戒しているんじゃないかな。まあ、ちょっかいを出さなきゃ大丈夫だろう! ハッハッハ」
「いや、だから危ない事に変わり無いって……」
 レスティンの不安の半分は当然未開の地への警戒感だが、もう半分は今後はギルド連合の支部が無い事にあった。今までは、いざとなれば自分の肩書きを使って各ギルドに支援をさせる事が出来た。しかしここからはそれが出来ないのである。
「ドロラータもシェリッサも、なんか不安じゃない?」
「不安なのは今更だし。今まで安全な旅だったなんて言えた?」
「私は……どんな地においても創世の女神様が見守って下さると信じておりますから」
 結局は二人も不安に変わりはないのか。不安がっているのは自分だけではないと安堵するレスティンだったが、それは根本的な不安の解消とは関係が無く、またすぐに口数が減っていった。
 流石にパーティ内の雰囲気が良く無さ過ぎると思ったシェリッサは、何か良い材料が出ないかとエクスへ話題を振った。
「エクス様は、魔王軍の本拠地へ向かった時もここを通ったのですか?」
「ん? ああ、そうだ。ルートは別で、もっと中央の方だ。幾ら勇者なんて言っても個人の戦力なんて軍隊からすると誤差みたいなものだから、戦闘中のどさくさに紛れて突っ切っても何とも思われなかったよ。まあ当時は期待もされてなかったんだろうし、仕方がないな」
 まさか軍と軍が戦闘をしている真っ只中を突っ切ったというのだろうか。シェリッサは、その強硬手段に付き合わされた先代達へ同情を禁じ得なかった。
「では、魔王軍の本拠地にはそのまま乗り込んだ訳ですね」
「ああ、魔王城のことだね。概ねそうだが、到着までには何度も魔王軍の攻撃を受けたよ。そのせいで仲間が負傷したり辛かったな。俺も魔王軍とやりあってそれなりに長かったから、顔も名前覚えられていたから避けようもなかった訳だし。恨み辛みを買うと、もはや後に引けなくなるものだ」
 要するに、エクスへ恨みを持った魔族達が何度も襲撃してきたという事だろう。それを、少なくともエクスの主観では事も無げに追い払っていったのだ。この時点で普通はかなり消耗させられると思うのだが、エクスにはそういった自覚は無かったらしい。
 考えてみれば、魔族達の中で今も尚エクスに対して強い恨みを抱えている者は少なくないはずだ。今のパーティの事情を知ればすぐさま襲撃を仕掛けて来る事も十分有り得る。魔族達にとってエクスの存在は特別である。総大将とでも言うべき魔王を討伐した憎き仇なのだ。これほど戦うのに不利な足場の地形も無い。もしも魔族の襲撃を受けたとしたら、エクス以外は場合によっては危険な目に遭う事も覚悟せねばならない。
「目的地にはあとどれくらいだい?」
「このまま歩いて……ま、明日中には着くかな。今日はひたすら森林浴だね」
 そういうドロラータの表情はいつになく無表情だった。言葉は呑気でも表情が伴っていないのは、単純にドロラータが疲れたりとで余裕が無い時の行動だった。
「うむ、どうやら思っていたよりも危険ではない場所のようだし、みんな、ここはゆっくり気分転換をしながら進もう!」
 そう張り切って掛け声を上げるエクス。しかし三人は何とか付き合うものの、いずれの声もあまりに弱々しかった。