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 世界で最も多くの魔導士が在籍する魔導連盟。その総本部の一室に通された彼女は、薄暗い室内に怪訝な顔をしながら自分に用意されたらしい椅子へ座った。周囲には彼女を取り囲むように数人の気配があった。彼らがこの魔導連盟の有力者である事は面識が無くとも想像に難くない。
「失礼します、ドロラータです。何でこんな部屋を薄暗くしてるんですか。見辛くて不便なんですけど。明かりつけてもいいですか」
「やめんか! 何事も雰囲気作りじゃ。最近の若者はこういう厳かな空気を作らねば、目上の人間の話をまともに聞かんからな」
「尊敬されないのはこういう事を本気でやってる目上だけです。それで、あたしみたいな下っ端魔導士をわざわざ総本部に呼びつけて、一体何の話ですか?」
「慌てるでない。何事にも経緯というものがある。それをおろそかにしてはいかんぞ」
「いつも言っているであろう。結論ばかり求める人間は大成しないものだと」
「はっはっは、若者はせっかちでいかん。わしらよりも寿命が残っておるというのになあ。まあ、その慌てた生き方も若さじゃのう」
 朗らかな笑いが場に響く。しかしドロラータの表情はぴくりとも動かなかった。この何かにつけて目上を強調してくる接し方、これが若い世代の魔導士に引退世代が疎まれている原因の一つであるとドロラータは常々思っていた。しかしそれをいちいち指摘した所で話も進まなくなるだけであり、露骨な溜め息をつきつつ聞き手に回った。
「さて、ドロラータよ。お主は勇者エクスを知っているな?」
「まあ有名人ですから。でたらめに強いそうですね。それでついこの間、魔王も倒したとか」
「その通り。お主も知っている通り、義勇兵予備討伐隊から臨時王国討伐隊へ昇進、誕生日は十月七日、好きな食べ物はポークソテーとトマトシチュー。健康で現在独り身の十七歳イケメンだ」
「いや、そこまでは知らないですけど」
「さては、流行りに乗り遅れておるな? 今や魔導連盟のみならず、この王都サンプソムは勇者エクスフィーバーで連日持ち切りぞ。いかんなあ、魔導を志す者は常に世の流れを知っておかなくては」
 魔導士が週刊誌なんか読み込んでんじゃねえよ。
 そう呆れるドロラータは、早くも退席したい衝動を必死に堪えながら話が早く終わる事を祈る。どんなに鬱陶しくとも、彼らは自分より位階が遥かに上。下手に逆らえば自分の立場を危うくする事になりかねない。
「それでだ。お主、好きな男はいないな? まだ独り身で付き合っている男もおらんな?」
「はあ? いませんけど、何ですか急に」
「いたら色々と面倒だからのう。良かった良かった」
 何が面倒だというのか。基本的に上役をあまり尊敬していないドロラータは一層警戒しながら話を聞く。
「このたびの大戦果が評価され、エクスはアリスタン王朝から正式に勇者の称号を賜る事となった。名実共に勇者となる訳だ。それで下賜の式典のため、エクスがこの王都サンプソムへやって来るが、またすぐ出立する。魔王軍の残党狩りの命を受ける事になっているからな。ただその前に、勇者エクスのパーティーは再結成される。魔王討伐に成功したはいいがメンバーの大半は戦死、辛うじて生き残った者も大怪我で再起不能状態という有り様だからな。そこでだ、我ら魔導連盟の代表としてお主に勇者エクスのパーティーに加わって貰う。なに、魔導士は必ず必要になる役割だし、いざとなれば勇者後援会に金を握らせてねじ込ませれば良いだけの話よ」
「え? 勇者のパーティーだとか普通に嫌ですけど。何であたしがそんな危ないことをやらなきゃいけないんですか」
「なんと!? 皆の憧れる勇者エクスとお近づきになれる絶好のチャンスをふいにするだと!?」
「いや、私は憧れてないですし。魔王軍の残党と戦うとか危ないし面倒だから嫌なだけです。大体、戦死しまくるようなパーティーに自ら加わるとか、ただの自殺でしょこれ。他を当たって下さいよ。承認欲求燻らせてる魔導師なんて腐るほどいるでしょ」
「目上が頭を下げて頼んどるのに嫌だなどと、ワガママを言うでない! とにかくだ、この件はお主が適役なのだ。若手魔導士の中でもずば抜けた実力者、歳も十九とエクスと近く童顔だが男好きする体型で、その生意気な性格も取り方によっては魅力の一つ!」
「なんか話の趣旨が変わってませんか。ってか普通に気持ち悪いこと言ってますね」
「とにかくだ! 勇者エクスのパーティーに加わり、そしてお近づきになり親密な関係を築くのだ!」
「だから、そういうの興味無いんですって。なんであたしが勇者なんかと親しくならなきゃならないんですか」
「勇者の特殊な力が欲しいからじゃ!」
 やっと出た本音。その言葉でドロラータは、魔導連盟がエクスと繋がろうと企んでいることを察した。
 噂によると勇者エクスは、女神の加護により特別な魔法が使えるという。それは数々の魔導書や技術を所有する魔導連盟も知らない魔法なのだそうだ。勇者だけが使える特別な魔法を手に入れ、解明したい。そのためにエクスを魔導連盟へ引き込もうというのだろう。
「理想はエクスと子供を作る事だが、そこまでは強要はせん。とにかく、エクスを我ら魔導連盟へ迎え入れること。その動機にお前がなるのじゃ」
「はあ……だったら素直に金でも積めばいいじゃないですか」
「それはもう試した。しかし金では動かん面倒臭い男だった。故に、今度は情で動かそうという訳じゃ。という訳で頼んだぞ! 支度金は明日までに用意しておくからの!」
 元々序列に厳しい魔導連盟において、大して高い地位ではないドロラータには断る権利が無い。だからと言って随分と面倒で厄介な事になってしまった。この先を思うと深い溜め息が幾らでも出そうだった。
 だが一つだけ、ドロラータの好奇心が掻き立てられる点もあった。それは、勇者だけが使えるという魔法とはどういうものか、これに限っては実は前々から興味があったのだ。