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 南西諸島の首都ハイランズ。そこはかつて大航海時代に様々な商船の寄港地として栄えた南西諸島を統括する、政治と経済の中心地だった。現在は航海技術の進歩により南西諸島を経由する海路は廃れ、僅かな交易と観光で経済が成り立っている。
 人類軍への参戦もせず世界情勢から縁の薄いこの国は今、魔王軍の残党である軍閥の一つ、アマデウスの侵略を受けている。既に首都ハイランズが陥落し、戦禍は各地へとゆっくり広がり始めている。戦略的にも重要視されていないこの地域に人類軍からの救援部隊が割かれる事はなく、自衛組織も既に主力は敗戦により散逸した状態である。エクス達一行が南西諸島に到着したのは、ハイランズ陥落の三日後の事だった。
 エクス達は南西諸島の水運ギルドと自衛組織の協力を得て、アマデウスの占領下に置かれたハイランズの中心地を目指していた。目立ちにくい偽装工作とドロラータの目眩まし用の魔法を施した船に乗り、陸地沿いの海路を使って進む。アマデウスの兵士の姿も付近には確認出来ず、順調に行けば見付かる事無くハイランズへ到着出来る。到着後はハイランズの地下水路を利用する。ハイランズには再編成中の主力が残っているが、歴史的にも古いハイランズには一部の水運関係者しか知らない地下水路が複雑に張り巡らされている。ここを辿れば内部へ一気に潜入出来るのだ。
「ねえ、ところでアマデウスってどんな組織なの? 魔王軍の残党って事は、それなりに数もあるんでしょ。ワタシらだけで何とかなるかなあ」
 船内でレスティンがそうエクスに訊ねる。
「アマデウスとなら、今まで三度やりあった事がある。アマデウスは魔族の中でも特に秀でた魔導士だけの軍閥で、魔族特有の魔法なんか良く使われてかなり苦戦させられたよ。でも、流石に魔族と言えど優秀な魔導士ってのは少ないみたいでね。当時のアマデウスは全部で二十人くらいなんじゃないかな」
「そんな少人数で軍閥なんて名乗れるの?」
「その分、魔導的に作り出した魔導生物だとか魔導人形、色々な種類のゴーレムを大量に使役しているんだ。だから戦力的には他の軍閥と遜色はないんだよ」
「なるほどねえ……どの道辛い戦いになるのは避けられないか」
「補充されていなければ、アマデウスの生き残りはもう二人か三人くらいのはずさ。大丈夫、俺達なら勝てる!」
 エクスの根拠のない自信に、ドロラータを始めとする三人は内心不安で仕方がなかった。仮にアマデウスがそれぐらいの魔導士しか残っていないとしても、現にハイランズを陥落させてしまうほどの戦力を未だ持っているのだ。真っ向から戦う訳ではないにしても、その魔導士達の実力は恐ろしく高いだろう。
 ふとドロラータは、過去のエクスのパーティーが頻繁にメンバーが入れ替わっていた事を思い出す。おそらく彼らは、毎度こういった出来事に巻き込まれていたのだろう。それで取り返しのつかない大怪我をするか、命そのものを落とすかしていたのだ。
「ドロラータさん、魔導士のあなたでしたらアマデウスの戦力がどういったものか推測くらいつかないでしょうか?」
「さてね。そもそも魔族自体が人間よりも魔導的に優れてる訳だし。戦うとなっても負ける気は無いけど、まあ無事ではすまないでしょうね。並の兵隊ならまだしも、幹部みたいな相手はあたし一人じゃかなり厳しいかな」
「そうですか……となると、なるべく力を温存していかないといけませんね」
「そういうこと。出来れば四対一の状況で各個撃破を繰り返したいね」
 ハイランズの中心部まで船で潜入出来るのは幸運である。おそらくハイランズ周辺には大量に彼らの使役する兵隊が配備されているだろう。それらと戦っていては、本命と戦う前に激しく疲弊してしまうところだった。そうなると後は、潜入後に如何に素早くアマデウスの連中を見つけ出せるかにかかってくるが。
「ねえ、エクス。アマデウスとは過去に戦った事あるんだったよね。その時はどうやって戦ったの?」
「無論、正々堂々と正面から戦ったよ! こちらも複数、相手も複数だからね、対等な戦いだったよ」
 やっぱりそんな所だろうと思った。ドロラータは思わず溜め息をつく。エクスはやはり真っ向から力押しでそれだけの戦力を倒したのだ。どれだけの犠牲を伴ったのかは分かったものではない。
「今回はそういうのは無しね。現地では隠密行動に徹するから」
「むむむ……ドロラータの判断ならやむを得ないか」
 案の定エクスはやや不満そうな表情を浮かべたが、行動指標の決定権を持つドロラータに逆らう事はしなかった。
 やはりエクスは何も考えず敵を総当たりにするつもりだったようである。そんな泥沼の消耗戦など絶対に避けるべきだ。エクスのやり方を通していては、過去のメンバーのように自分達もここで一斉に脱落しかねない。
 やがて船は海岸沿いの洞穴に入り、辺りから潮風の音が消えていく。代わりにひんやりとした冷たい空気が船内に漂い始めて来た。四人はそっと船の甲板へ上がり外の様子を窺う。そこは既に鍾乳石の囲まれた天然の地下洞穴の中だった。
「ここからは帆が使えないので、櫂で漕いでいきますから。けど、もう魔族の連中には見つからないですよ」
 ハイランズの地下水路とは、大半が元々あった海に続く地下洞穴を利用して作られたものである。流れているのは海水であるため潮汐の影響も受け、地形と潮を熟知しているものでなければ危険極まりない水路だ。だからアマデウスも警戒していないだろうと考えていたが、実際地下水路には気配を全く感じなかった。
 地下水路をひたすらハイランズの中心部へ向かって進んでいく。この上には街があり、そこにはアマデウスの兵隊が闊歩していると想像すると、何だか妙な気分にさせられた。一生好き勝手魔導の研究をして過ごすものだと思っていた自分がまさかこんな冒険をしようとは。期せずして、少しばかり期待をしてしまっている自分にドロラータは気付く。
 やがて船はやや広がった空間へ抜けてきた。一隻がようやく止められるほどの船着き場へ漕ぎ着けると、エクス達は船から降りる。
「そこの通路に入って昇っていくと、丁度議事堂の地下へ抜けます」
「危険な案内、ありがとう! 我々は必ずハイランズを奪還してみせるよ!」
「どうかお気をつけて。自分へ先に戻っておりますんで」
 船と別れたエクス達一行は、早速通路から議事堂の地下室へと上がる。そこは古い使われていない倉庫のようで、人の出入りもほとんど無いらしく埃が酷く積もっていた。
 ドロラータは魔力を集中させ、倉庫の外周辺の気配を丁寧に調べる。だがこのフロアどころか地上付近まで何の警備も置かれてないらしく、敵兵の気配は一切感知出来なかった。あらかじめ気配を捉え難くする魔法をかけられているかとも疑ったが、そもそも地下水路の事を知らなければそんな手の込んだ処置をするはずもない。やはりここはアマデウスにとって盲点となる進入路のようだった。
「とりあえず上までは行けそうね。でも念のため警戒はして。くれぐれも慎重に」
「よし、分かった! では向かおう! ハイランズ解放のために!」
「だから静かにしてって……!」
 エクスを先頭に、一行は倉庫から廊下へ出た。固い床材のため歩くたびに足音が響いたが、自分達以外の音や気配はやはり感じ取れなかった。仮に魔導で隠しているとしても、異常に感覚器官の発達したエクスなら何かしら感じ取れる。どうやら最初の関門は突破出来たかも知れない、そうドロラータは内心安堵する。