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 ドロラータの作る魔力の灯りを頼りに牢の中を一つ一つ確かめていく一行。無数にある牢を確認するのは骨の折れる作業ではあったが、やがてレスティンはある牢の奥に小さな人影を見つけた。中を良く良く見渡してみると、丁度牢の奥の物影に隠れる一人の女の子の姿を見つける事が出来た。
「見つけたよ、みんな。こっちこっち」
 仲間を呼び集めるレスティン。その間も牢の中の女の子は、唇を震わせながらこちらを恐る恐る見ては隠れるを繰り返していた。予想通り、完全にこちらを警戒しているようだった。
「大丈夫だよー、ワタシ達は助けに来たんだよー」
 そう努めて優しい声で呼び掛けてみるレスティン。しかし女の子はなかなか近付いて来ようとはしなかった。
「うーん、警戒されてるなあ。とりあえず、扉を開けようか。あれ、鍵って誰か見つけた?」
「ここは俺に任せてくれ」
 そう言ってエクスは牢を鉄格子を掴む。直後、レスティンは嫌な気配を直感する。だが制止するよりも先にエクスは動いていた。
「ふん!」
 エクスは鉄格子を力ずくで枠ごと剥がして開けてしまった。鉄格子の上下左右を固定する石材がクッキーのように割れて崩れている。どんな力で引っこ抜けばこうなるのか、そうレスティンは呆れる。そして、
「ひっ!」
 エクスの乱暴な解錠に女の子は小さな悲鳴を上げ、牢の奥の更に角の隅まで離れていってしまった。エクスは理解していないが、突然見知らぬ人間が滅茶苦茶な力を見せれば、ただでさえ不安で押し潰されそうな子供が怯えないはずがないのだ。
「さあ、来たまえ! 俺が君の祖父母の元へ帰してやろう!」
 そう言うが、女の子の今にも泣き出しそうな顔で首を横に振りながら動こうとしない。エクスは不思議そうに小首を傾げるが、三人は溜め息しか出なかった。乱暴な人間は子供に好かれないものだ。
「ここは私が」
 シェリッサが進み出て牢の中へゆっくり静かに入る。
「大丈夫、安心して下さい。私達はあなたの味方です。あなたはこれからお家へ帰れるのですよ」
 シェリッサの容姿そのままの優しく落ち着いて尚且つ包容力を感じさせる声で説得する。するとしばらくはシェリッサに対して警戒の目を向けていた女の子も、やがて心を開いてくれたのかシェリッサの方へぴったりとくっ付いた。
「取りあえず、これで一区切りだね。後はこの子を無事送り届けること」
「うむ、むしろここからが本番だ」
 そう頷くエクスは相変わらずの調子である。だが山賊の退治を優先しないのは、やはりエクスだとレスティンは思った。エクスは意外にも、いつでも人命を優先する。過去のエクスのパーティーは頻繁に死傷者を出して入れ替わっていただけに、こういった時は必ず戦闘を選択するのではないかと内心不安に思う部分があった。そもそもエクスは仲間の命を命としてカウントしていないだけなのかも知れない。
「残りの牢には誰もいなかったよ。この子だけだね」
「じゃあ出発するとしよう。元から入ってきたルートで良いね」
「そうだね、まだ魔法も効いてるし慎重に行けば―――」
 そうドロラータが言いかけた時だった。
『おい、お前ら! 急いで来い! こっちだ!』
『誰かが忍び込みやがったぞ!』
 丁度地下室へ下ってきた方から山賊達の慌ただしい声が聞こえて来た。飛び交う言葉から明らかにこちらの侵入に気付いてしまっているようだった。
「嘘っ、バレちゃってる!?」
「多分、見張りの交代の時間だったっぽいね。しまったなあ、寝かしつけるんじゃなくて暗示をかける方にしとくんだった」
 おそらくたまたま交代の時間でやってきた別の山賊が、明らかに不自然な寝方をしている見張りの山賊の異変に気付いたのだろう。
 シェリッサの後ろで女の子が小さく息を飲んだのをレスティンは聞きつける。それは、自分のせいで余計な時間がかかってしまったから、という罪悪感の仕草だ。レスティンを始め、誰も女の子に瑕疵があるとは思っていない。単に仕込みのミスである。だが女の子はそう捉えない性格なのだろう。この事がレスティンの闘志に火をつける。
「何人来るか分かんないけど、どの道逃げ場は無いんだし、強行突破するよ! ワタシが先頭行くから、エクスは一番後ろをお願い!」
「殿だね! 任せろ!」
 多勢に無勢の戦いは下策であり、普通は強行してはならない事である。それでもやらざるを得ないのは、他に選択肢が無いからに他無い。レスティンは自分用に特注している剣を構えると、真っ先に正面へ進んだ。
「おい、居たぞ!」
 丁度地下室へ繋がる階段から数名の山賊達が降りてくる。いずれも剣や槍を携えていたがその構えはレスティンからすれば素人、稽古用の丸太とさほど変わらなかった。
「ハアッ!」
 相手が身構える暇も与えず、続けざまに四人を剣の腹で強打する。するとレスティンの後ろから続いていたドロラータがすかさず四人の手足に拘束の魔法を施していった。
 相手は山賊、生かす理由は無かった。けれど殺しはなるべく避けたいとレスティンは考えていた。それは地方を治める領主に無断で殺人を行うと、正当な行為だったのか調査や検証、場合によっては裁判も行われる事があるからだ。
 レスティンは次々と山賊達を蹴散らしながら階段を上って行き、ようやく砦の一階へ到着する。既に侵入者の報は砦中に行き渡っているため、一階でもすぐに山賊達が襲い掛かって来る。それでもレスティンは怯まない。一人で集団を相手にする場合の戦い方は熟知し十分な訓練も積んでいること、そしてことある事にドロラータのフォローも入り、レスティンは無傷のまま山賊達を蹴散らしていく。
「よし、出口だ!」
 そして四人は、さらわれた孫娘を連れて無事砦からの脱出に成功するのだった。