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 憲兵が村へ到着するのにはさほど時間はかからなかった。付近を根城にする山賊の一団が壊滅、それも大量の死傷者を出しての報である。寂れたこの地方では前代未聞の大事件。憲兵達も耳を疑い、現場まで飛んで来るのは無理からぬ事だった。
「それで、あなたが代表者で間違い無いと」
「はい、そうです。ワタシはギルド連合の長の娘、レスティンです。どこか適当な支部にでも問い合わせて貰えば分かりますし、今回の件はギルドの受けた正式な依頼です。政府にも認可された正当な権限内の事です」
 村長の家の一室を貸し切り、レスティンは憲兵長の取り調べを受ける。今回は村長から正式な依頼としてギルド連合が受けた案件であるため、手続き上の代表者がレスティンとなるためだ。
「まあ……現場の方は私も軽くは見させて貰ったよ。酷い有り様だ。生まれてこの方、あんな血生臭い現場は見たことが無い。人の仕業とは思いたくないな」
「山賊達はこちらの降伏に応じるどころか、明確に殺傷目的で攻撃して来ましたから。応戦はやむを得ない状況でした」
「そちらは確か四人だったか。それで降伏を促した所で相手にされるはずもないだろう。元々こうなるように仕向けていたのではないのか?」
「降伏を促さなかった所で、紳士的に対応してくれる相手でも無いでしょう。彼らには略奪を始めとする前科が多くあるのは村民の証言にあると思います」
「戦闘の有無の話ではない、ああも大勢殺す意味があるのかという意味だ」
「向こうが戦い続ける以上、こちらも応戦は仕方ありませんので。死傷者の数は結果論かと」
 憲兵長は露骨に舌打ちをし苛立ちを見せる。彼の苛立ちは概ね察する事が出来た。彼らも山賊の存在や行為を認識はしていたが、それについては積極的には対応して来なかった。それは単純に、山賊の討伐は組織内での評価が割に合わないからだ。にも関わらず民間の人間が派手に鎮めて見せたため、治安維持を司る彼らの威信にかかわる事になってしまった。憲兵達にとって面白くない事だろう。
「失礼します」
 部下の憲兵が部屋に入ってくると、憲兵長に耳打ちをし退室する。憲兵長は驚きと戸惑いの入り混じった溜め息をついた。
「どうやらあなたの身分は本当のようだ。それと……一緒にいた男は本当にあの勇者エクスだそうだな。なるほど、かの魔王を討伐した勇者様なら山賊など簡単に撫で斬りに出来る訳だ」
「ギルド連合でも仕事によって外部委託する事はありますから。書類の写し、要ります?」
「建前は結構。本来ならギルド連合に抗議する所だが、相手があの勇者エクスとあっては迂闊な言動は世論が許してくれない。手続きに不備が無いなら、我々もこれ以上口を挟む事はしないよ」
 憲兵長は書類をまとめて小脇に抱えると、聴取は終わりとばかりに立ち上がる。本人は納得していないようだったが、追及する隙も無い。これ以上は単なる嫌がらせにもなりかねないのだ。
「こんな片田舎のクズ共の掃除を勇者様直々に行ってくれるとは、いやはやその勤勉さには頭の下がる思いだ。それとも」
 じっとレスティンを見据え、嘲りを交え鼻で笑う。
「あなたが楽しむためだったのかな? 山賊共を派手に恫喝し、挙げ句斬り殺したそうじゃないか。まあ勇者様が居れば、何も危ない事はないだろう」
「それはワタシへの当てつけですか?」
「見聞きした事を言ったまでだ。それにその服、その姿。そんなに血を浴びているのは一人だけだぞ。どれだけ頑張ったのやら」
 そう指摘され、レスティンは思わず息を飲み自分の服を見る。今まで何故気が付かなかったのか、自分が恐ろしいほどの返り血を浴びている事に気が付いた。
 ああ、そうか。だから村人達は戻ってきた時に自分をあんな目で見ていたのか。
「以上だ。なるべく早めに出国してくれると有り難い。ああいう現場はもう御免だからね」
 そう吐き捨て憲兵長は退室する。レスティンは何も言い返せず、無言のまま彼をただ睨み付けて見送るしか出来なかった。
 憲兵長の言葉があまりに強く耳に残る。それは憲兵長の言葉に心当たりがあるからなのか、自分でも分からなかった。そのままレスティンは頭を抱え、その場で考え込み始める。
 エクスは何人も山賊を殺したが、誰も怯みはしなかった。一方でレスティンはたった一人殺してしまっただけで山賊達から最後の気力の奪い取った。それは、結局のところレスティンに人は殺せないと山賊達が高をくくり侮っていたからに他ならない。人なんて殺せないだろうと思われていた者があっさり仲間を手に掛けた事で臆病風に吹かれたのだ。果たして自分はこれを心地良いと感じていたのだろうか。いや、山賊の討伐は正しい事である。自分は正しい事のために頑張ったはず。だが、戻ってきた自分を見た村人達はどう思ったのか。
「レスティン? 聴取は終わったようだけど」
 突然声を掛けられ、レスティンは体をびくりと震わせる。考え込んでいて気付かなかったのか、いつの間にかエクスが部屋の中へ入って来ていた。
「どうかしたのかい? 何か取り調べで酷い事言われた?」
「ううん、別に。うちらに手柄を取られて悔しかったみたいね」
「俺はそういうつもりじゃなかったんだけどなあ。ま、それよりも。服、そろそろ着替えた方がいいよ。流石にちょっと目立つから」
「うん、そうだね」
 とにかく、まずはこのみっともない格好をどうにかしないと。エクスにも指摘されレスティンは笑いながら返そうとしたが、どうにも普段と同じように笑う事が出来なかった。それどころかすぐに視線が下がり、同じように気持ちまでが落ち込んでしまう。だがエクスはあれだけの事の後でも全く普段と変わりがない。どうして平気で居られるのだろうか。そう思うとレスティンは藁にもすがる気持ちで訊ねずにはいられなかった。
「ねえ、エクス。ワタシは正しい事をしたと思う? 周りから何を言われようとも」
「どうしたんだい急に? レスティンはいつも正しいじゃないか」
 だがエクスは簡単にそう断言した。何が疑問なのかとすら思っているような強い断言だ。
「ワタシのパパがね、昔から良く言ってるんだ。正しい心の持ち主なら負けることはない、って。ずっとそれを、勝たないと自分は正しいって言えないからってひねくれて思ってたんだ。でも、なんかエクスを見てるとそうじゃないんだって思うようになって」
 エクスは正しい事のために正しい心でいつも取り組んでいる。だからどんな評価を受けようと何も揺らいだりはしない。だが自分は違った。単にエクスのように人々からちやほやされるのが心地良くて、いつの間にかエクスの真似をすれば正しい心になるのだと思い上がっていたのだ。そう、正しい心の持ち主が負けないというのは、今の自分のようにならないための戒めだったのだ。自分には正しい信念が無い。だから簡単に人の批判に負けてしまう。
「今日のワタシ、ちゃんとしてたかなあ? 何か良くないことしてなかった?」
「今日だけじゃなく、レスティンにはいつも助けられてるよ。俺は世間知らずだし顔見知りも後ろ盾も無い、元々は単なる羊飼いの田舎者だ。だから世の中の事に詳しいレスティンはとても頼もしいよ。今日だって、戦ったのは村を守るためだし、あれだって俺を助けるためだったんだろう? ああいうの、俺は抜けてるからね。レスティンが助けてくれなきゃ、俺なんて本当に大した事は出来ないよ」
「でも……」
「幾ら頑張っても、感謝されないなんて事はしょっちゅうさ。俺は感謝される事が目的じゃないけど……でも、レスティンにはいつも感謝してるよ。だからくよくよしないで、というのは少し強引だったかな。ま、なんか苦い結果になることだってたまにはあるさ!」
「ううん、ありがと」
 エクスの慰めは下手である。下手だから、かえって心の底からそう思っているという事が伝わって来る。エクスは良く常人離れした言動を取るが、それでも自分はギルド連合の目的とはまた別の意思でエクスについて行きたいと思うようになっている。エクスは本質的に強く優しい人間だと感じているからだ。
 ああ、そうか。自分はエクスのそういう部分に惹かれているのか。