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 南部連邦スターランド。この都市の始まりは歴史的に非常に若く、まだ魔王軍の侵攻の続いていた僅か十年程前に遡る。当時、南部連邦はまだ無く前身となる百を超える中小の独立国で、魔王軍の脅威のため一時的に停戦協定を締結していた。やがて魔王軍に対抗するにはただの停戦ではなく国の枠組みを超えた団結が必要だと唱える者が現れ、多くの支持者賛同者が得られるとたちまち無数の独立国は正式な同盟を結び始める。同時に人間や技術の交流、様々な特産品などの交易も始まり、遂には魔王討伐を記念し連邦制国家を樹立する事になる。その時の調印式が行った土地が現在のスターランドである。
 一行がスターランドの港に到着したのは、丁度夕暮れ時の事だった。港のあちこちに据えられた魔力灯が輝き始め、スターランド特有の煌めくような複雑な色合いに辺りを照らしている。高く大きな建物群、それらは煌びやかな無数の魔力灯で飾り立てられ、あちこちから喧騒と音楽が鳴り響いている。行き交う人達も、まるで御伽噺の住人とでも言うような奇抜で独特な出で立ちの者ばかりで、皆がこれでもかとばかりに自己主張をしている。王都サンプソムとはまた違う方向性の、奇妙で異質な発展を遂げている都市だ。
「これがスターランド……何とも凄い光景だ」
 エクスは港を出るや目前に広がる光景に唖然としていた。それはシェリッサも同様だった。王都サンプソムからあまり出る事の無かった彼女にとってスターランドは、あまりに異文化の刺激が強過ぎたからだ。
 スターランドは調印式のために作られた街であり、元々何の産業も無い。そのため南部連邦の臨時暫定政府はスターランドを丸々経済特区に指定し、カジノを初めとする様々な賭博を特別に許可した。それから僅か一年程で世界随一の歓楽都市に発展する。ありとあらゆる娯楽が集まっているとまで言われ、スターランド独自の風習や文化までもが成立している。
「うーん、半年ぶりくらいかなー。また何か建物増えてるし」
 そうレスティンは懐かしみながら辺りを見回す。
「レスティンさんは以前にも来た事があるのですか?」
「まあねー。魔王討伐前までは、仕事で世界中あちこち飛び回ってたから」
 レスティンはあのギルド連合の長の一人娘である。戦士としての実力もさることながら、中隊の指揮や支部の運営なども手掛ける多才さを兼ね備えている。そのため見聞も人よりずっと広いのだろう。
「何この下品とこ……それより疲れたから早く宿に行きたい」
 ぼそりと小声で悪態をつくドロラータ。彼女の場合は最初の印象通り、こういった歓楽街は苦手のようだった。
「宿はうちのギルド系列のいいとこあるから、早速行きましょうか。荷物置いたら、カジノに行こう!」
「お待ち下さい、レスティンさん。我々はそういった享楽に耽るのはあまり宜しくはないかと」
「えー? 見た目通り真面目だなあ。ちょっとくらい息抜きしても良いじゃない。ねえ、エクス?」
「うーん、俺はカジノは行ったことは無いから良く分からないよ」
「エクス様を非行に誘わないで下さい!」
 まだ結成して間もないパーティーだったが、既に深刻な状態にあるとシェリッサは感じていた。まるで協調性の無いドロラータ、自由奔放過ぎて余計な問題を起こすレスティン。二人共戦う能力は優れているのかも知れないが、情操的な部分には大きな問題があると言わざるを得ない。エクスが二人をあまり強く咎めないのは、自分が男性であり勇者である立場と最年少である遠慮から来るものだろう。だからこそ、こういった場面で自分がパーティーに自制を促す事が強く求められるのだ。
「とにかく、我々は遊びに来ているのではありませんから。そもそも勇者のパーティーが夜遊びなどと風聞が悪過ぎます」
「もー、正教会の人間はお堅いんだから。少しくらい息抜きだって必要じゃないの」
「度が過ぎると申し上げているのです」
 カジノ遊びの提案を咎めるシェリッサに対し、レスティンは真っ向から不平不満を返す。シェリッサにとってレスティンは、むしろ何故ここまでカジノが必要な息抜きだと言い張れるのかが不思議でならなかった。屁理屈でも言い続ければ通るのだと本当に思っているのだろうか。シェリッサも半ば信じられない物を見る気持ちでとくとくとレスティンに自重の大切さを説くが、当のレスティンは半分も聞いていない。
「あ、エクス。あそこでキャンディ売ってるから買ってくるね」
 そうしている間にドロラータが勝手に近くの店へ入っていってしまった。これからまず宿へ行くと話していたのに、全くその方針に従っていない。
「もう、二人共勝手が過ぎます!」
「まあまあ。たかがキャンディくらい、すぐ買い物も終わるさ。魔法使いは集中するために糖分が必要なのだそうだから、キャンディの補充は仕方のない事だよ」
 そう説明するエクス。だがシェリッサは、エクスがドロラータに嘘を吹き込まれている事がすぐに分かった。何故なら今までの戦闘でもドロラータがキャンディを口にしていた姿を一度たりとも見たことがないからだ。
「なんかシェリッサってお母さんみたいね。こう、子供達を叱ったり面倒見たりするところとか」
「あなたの母上もさぞ苦労した事でしょう」
「あー、ワタシのお母さん昔に死んじゃったから分かんないんだー。だからワタシも母親ってものはステレオタイプのイメージしか知らなくて」
「あ……それは大変失礼いたしました」
「いいって、別に。昔の事だから何も憶えてないしねー。まあもしかすると本当にシェリッサみたいな人だったのかも」
「ハッハッハ、ではシェリッサはこのパーティーの母親だな!」
 エクスまでが冗談が本気か分からない様子でレスティンの戯れ言に同調する。あなたまでそんな事を言うなんて。シェリッサは顔をひきつらせ息を飲んだ。
「エクスー、ごめんお金貸してー。あたし、出金手続きするの忘れてたー」
「なんだなんだ、またか! うっかりさんだなあ!」
 ドロラータがそんな事を言いながら戻ってくる。わざわざエクスからお金を借り受け、そして再び店の方へ駆けていった。
 これが果たしていい年をした大人の、それも栄えある勇者エクスをサポートするべき者達のあるべき姿だと言うのだろうか。
 いくらそれぞれの専門分野に精通しているとはいえ、このような幼稚で享楽的な振る舞いはとても看過出来ない。清貧を徹底するまでの必要はない。だが、勇者エクスは今もなお魔王軍の残党に苦しめられている人達を救おうと旅をし、我々はエクスの大義に献身せねばならないことを自覚して貰わなければならない。
 自分がパーティーの風紀を正さなければ。
 そんな事をしていては、本当にこのパーティーの母親役などという貧乏くじを引かされてしまう事になる。だがこれはエクスのため、ひいては世界平和のために必要な事である。主教と星読みから与えられた使命も無論大事だが、その前にみすみす勇者エクスを堕落させては申し訳が立たないのだ。