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「な、な、何を急に言い出すのかナー、この引きこもりは」
「アホの子は反応が分かりやすくて助かるわ。で、シェリッサは?」
「私は……星読みの言葉に従っているまでです。そこに個人的な感情どうとかは……」
「ふーん、そう。ま、それでも良いけどさ」
 まるで牽制するようなドロラータの口振りに意表を突かれ、シェリッサもレスティンも萎縮してしまった。シェリッサもこういった方向の話題になる事は覚悟してはいたものの、ドロラータがここまで踏み込んでくるのは流石に予想外だった。
「ってか、あんたこそ本気なの? なんか飄々としてるし、本気っぽく見えないんだけど。むしろからかってんじゃない?」
「本気って何が?」
「だからぁ! ……その、エクスを、本気で好きなのかとか……」
「なに? 良く聞こえない。引きこもりにも良く聞こえるようにハキハキ喋って」
 明らかにドロラータはからかっている。レスティンがそこへ即座に反論出来ないのは、未だ動揺しているせいだろう。本音を打ち明けるにしてもドロラータとの加減が計り知れていないのだ。
「とにかく! アンタもエクスが好きなの!?」
「うん、大好き。いやー、参ったよね、あんな脳筋お人好しなんてタイプじゃないと思ってたんだけど。好きになったら負けって、あの言葉深いわぁ」
「アンタ、本気の本気で言ってる?」
「言ってるけど。なに、証拠出せ系の話?」
 分かりやすい反応のレスティンはともかく、ドロラータが本気で言っているかどうかはシェリッサも今一つ確信が持てなかった。魔導士というものは合理的な人間ばかりとも言われているし、そういった人種は人を好きになっても普通とは異なりこのような言動をするものなのかも知れない、そういう解釈もあるが、あまり何でも言ったままに受け止めるのは尚早だろう。
「という訳で、あたし達は恋敵同士となったのでした。めでたしめでたし」
「何一つめでたくないんだけど……それで、アンタは何が目的なの? こうやってお互いの気持ちの確認を取りたかった?」
「いや、単にこの状況を正確に共有しあった方が良いかなって思っただけ。ほら、一応あたしらの本業はエクスのサポートだし? 下手に私情挟んだり拗らせたら大変じゃない。それより、恋敵の仲良し三人組でもした方がまだ本業の方を割り切ってやれるでしょ」
「下手に疑心暗鬼を拗らせ不和を起こすより、いっそはっきりと明言した方が後々問題が起こりにくいという訳ですか……合理的ですね」
「そう。だからシェリッサも、今は建て前は捨ててってこと」
 自分はエクスのことが好きなのか。
 改めてそれを考えると、答えを一概に述べるのは非常に困難である。単に人間性の好き嫌いで言えば、間違い無く好きだろう。エクスは己が勇者と呼ばれる事を鼻にかけることもせず、非常に謙虚で他人のためになることなら些細な事でも自ら率先してやろうとする。まさに教典の例に出て来るような善人である。彼の人間性に嫌う要素は一つも見当たらない。だが、ドロラータの言う好きかどうかとは伴侶としてどうかという意味だ。結婚となれば誰でも慎重になる。ましてや自分の場合、その結婚自体に問題を抱えている。必ずしも男性を好きになる事は結婚を前提にしなければならないという訳ではないが、少なくともドロラータはそういう前提で考えているだろう。自身の決断が遅れれば遅れるほど将来的な意味でリードを許す事になる。だからありもしない妙な焦りが込み上げて来る。
「そもそもだけどー? ワタシらが本当にエクスが好きだってなって、何か不都合な事ってありますー? アンタだってエクス連れて来いって言われてるんだし」
「だって、嫌じゃん。嫌いなやつの命令に従うの」
 そうきっぱり即答するドロラータに、思わず二人の表情が引き締まる。
「いい? 心とか気持ちってのは、体から取り出して見せる事は出来ない訳でしょ。だからこそ、あたしは形式とか体裁とか外面的な部分にこだわりたいの。もし将来エクスと一緒になれたとして、それは自分の気持ちなのか組織の命令だからなのか、どうやって周囲に証明するの? 真実の愛に周囲は関係無いとか、それこそ引きこもりのような世間知らずでも言わないし。証明出来ないなら一生周りから指差されるんだから。ほら、シェリッサ。正教会は結婚だか愛だかの証明書なんて発行してるじゃない。あんなのでも、お金出して作って貰う価値があるから続いてるんでしょ?」
「あれはただの、昔からの慣習と言いますか……。ですが、ドロラータさんの仰りたい事は分かります。このままエクス様と距離を縮めたとして、自分はともかくエクス様までが任務の事で揶揄されるのが嫌という事ですよね。そのために愛情の証明が必要だけど、普通の人なら婚姻届で済む所が私達の場合はそうではないと」
「要約ありがとう。シェリッサとの会話は手間が無くていいね」
 確かに気持ちの証明とは難しいものだ。言葉では何とでも言え、証明の無意味さを説いても同調する人間は少ない。結局のところ、証明とは行動になる。だがその行動も自他共に認めさせるような説得力がなければいけない。
「まー別に、ワタシはパパのこと嫌いじゃないしー? 関係無く進めちゃうもん。ギルドとも利害の一致ってやつよ」
「それでエクスを一生議会に縛り付けるんだね。ギルド長の都合の良い意見を言わせるだけの健気なお人形に。あーきっと、金持ちだけが儲かるような非人道的な政策とか言わされるんだろうなあ」
「……アンタ嫌な言い方するね」
「あたしはエクスの事を第一に考えてるからね。それにシェリッサだってそうじゃない? 実際に結婚するしないはさておいて、教会の命令で結婚なんか嫌でしょ。しかも司祭なのに」
「なんで? 司祭だとまずいの?」
「正教会の司祭は、生涯独身が決まりなの。結婚するとなったら、司祭クビってこと」
「ええ!? 教会が命令してるくせに!?」
 そう、主教や星読みの言う事はまさにそれなのである。エクスと結婚し司祭を辞める。それが一番幸福な方法なのだと、道を示すという名目で強要されているのだ。だから結婚は簡単な問題ではない。自分がせっかく苦労してたどり着いた司祭を諦めねばならないのだから。
「さて、話したい事は大方話し終わったし。という訳で、この件はおしまい! 組織の方は各自の宿題って事で。じゃあ次回は、もうちょっと踏み込んだ女子トークしたいね」
 唐突にドロラータは閉会を宣言すると、レスティンが用意したお菓子に手をつけ始める。何の結論も出ていないままの閉会、だがシェリッサもレスティンもそれを指摘する事はなかった。今はまだ、ドロラータに指摘された様々な事で頭が一杯になり、考えを整理する事を優先したかったのだ。