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 シェリッサは自分が強い態度に出られない性格である自覚があった。だが今回ばかりはそうしなければならないという、強い意思があった。レスティンの行動は後々大きな問題へ発展する危険性があると考えたからだ。
「どうなんでしょう? 何か申し開きがあるのでしたら、遠慮無くどうぞ」
 この強硬な姿勢によほど驚かされたのか、レスティンは目を丸くして言葉を失っていた。だがその表情は青ざめているというより、困惑しているといった様子だった。
「あの……シェリッサ? ワタシ、何の話か良く分かってないんだけれど」
「ですから、今し方の一部始終についてです。私、全部見ていたんです。あなたが、その、見知らぬ男性と親しげに話した上に贈り物までしていた所を」
 明確な説明をしたにも関わらず、レスティンはやはり困惑の表情を浮かべたままだった。だがほどなくして何を指摘されているのかに気付いたレスティンは、ぽんと両手を打った。
「あー、今のってアレ? え、何の事かと思ったら」
「込み入った話になるのであまり口出しはしたくありませんが、パーティーの風紀と申しますか、評判に関わるような事となれば話は別ですから」
「いやいやいや、ちょっと待って? シェリッサってば、何だと思ってるの?」
「この期に及んでしらを切るのは良いとは思えませんが……。率直に申し上げて、不埒な交際についてです」
「は、はあ!? いや、違うんだって!」
「何が違うと仰るのですか!」
 すると、思わず荒げてしまっていた声が公園内に響き渡っていたのか、二人は周囲が静まり返り、逆に興味の視線を注がれていた事に気が付いた。慌てて二人は愛想笑いを浮かべながら周囲に頭を下げつつ、深呼吸をし冷静さを取り戻す。
「……とにかくです。レスティンさんは、その、あれほどエクス様をお慕いしていると真剣に仰っていたではありませんか。その上で別の方とも交際をされているとか、不誠実極まりありません」
「いや、だからね……。それは誤解だってば。あの人はこの地方のギルド連合支部の責任者で、ワタシも昔に仕事で世話にもなった人なだけなの」
「それなのに、何故贈り物など必要なのですか」
「あれはあの人にじゃないんだって。あの人は元々運送ギルドを仕切ってた人だから、王都へ配達するのに一番早い手段で何とかしてくれるの。でもここで会ったのは本当に偶然。後で支部へ直接頼みに行く所だったんだけど、手間が省けちゃった」
「それでは一体誰に贈り物を?」
「ワタシのパパ。パパの誕生日は毎年二人で食事に出掛けたりしてお祝いするんだけど、今年はそうもいかないでしょう? それに、誕生日を忘れるとしばらく拗ねちゃって仕事もしないの。ホント、子離れの出来ない親で参っちゃうのよ」
「と言うことは……」
 シェリッサはしばし思考を巡らせ話の内容を吟味する。そして何度も自らの失点を確認した後、恐る恐るレスティンに訊ねる。
「私……もしかして、とても失礼な勘違いをしてレスティンさんに疑いをかけたのでしょうか……?」
「え? ああ、まあ、うん。分かっていれば、こういうことはね。アハハ」
 レスティンは疑いをかけられた方であるにも関わらず、ばつの悪そうな笑みを浮かべた。レスティンは未だ困惑していた。シェリッサの勘違いについて非難するような雰囲気ではなかったからだ。レスティンは、普段言い争いをしているドロラータとは違い、シェリッサには傷つきやすい印象を持っているのだ。
「このたびは、大変申し訳なく思っております……」
「あっ、やだなー、もういいって! ま、こういうのはね、お互い確認し合ってる訳じゃないからさ、うん、そういう勘違いもあるって。仕方ない、仕方ない!」
「本当に、本当に申し訳ありません……」
 何という迂闊な事で、何よりも大事なパーティーの一員に対し無礼な嫌疑を掛けてしまうなんて。シェリッサは自分の迂闊さ至らなさが恥ずかしくて仕方がなかった。
 やはりこういった旅は自分には向いていないのだろう。日々神経をすり減らし、エクスが安請け合いする危険な出来事に振り回され、挙げ句の果てにあらぬ嫌疑までかけてしまった。恩師でもある主教の命であるため多少の無理も厭わないつもりでいたが、これではお役目を果たすどころか自分がエクスの足を引っ張りかねない。
「まあさ、別にもういいって。ホントに。分かって貰えればそれでいいんだって。でもさ、そう言えばワタシ達って意外と普段話とかしてないよね。お互いの立場とかは知ってるけど、もっとこう軽い雑談レベルの身の上話とかさ。そうやって親睦を深めておけば、こんなしょうもない誤解も生まれなかったんだろうなあ」
「雑談、ですか?」
「そう、雑談! 別に何だって言い訳だし。好きなもの話とかさ。人間、嫌いなものが話題に上がった方が話が盛り上がるらしいけど、そういうのはなんか苦手だからさ。まあ愚痴くらいならね。シェリッサってそういうのはないの? 全然不平不満が口にしないよね。それって正教会の教え? なんかストレス溜まらない?」
「不満なら……ありますよ。ありますとも」
「お、やっぱり? 普通はそうだよねー」
 不満。それは思っていてもずっと口にはしないで来た。不平不満を口にするのは悪徳であり、教典に背く行為だからだ。だけど、口にはしないだけで不満はずっとある。口にしない分、むしろ人よりも溜め込んでいるかも知れない。
 シェリッサは思わず勢いで、ぱっと頭に浮かんだ不満に思う事を次々とレスティンの前で披露した。そのほとんどが聖霊正教会の方針についてで、何よりも苦労してなった司祭を遠回しに止めさせようとしている事には一際感情が籠もってしまった。そう、今まで思っても決して表に出さないようにしてきた、シェリッサが内面に溜め込んでいたものである。
 シェリッサが話す間、レスティンは適度に相槌を入れながら静かに聞いていた。普段あんなに喋ってばかりの人間がこれほど聞き上手でもあるとは、シェリッサも驚いていた。そして何よりも自分の話をしっかりと聞いてくれる事そのものが何よりも嬉しく思った。
 そして気が付けば、シェリッサは夕方近くになるまで話し込んでしまっていた。こんなにも長い間、思い浮かぶがままの取り留めない長話を聞いてくれたレスティンには感謝の気持ちが込み上げ、これまで持っていた苦手意識はすっかり無くなってしまっていた。
「すみません……何だか私ばかりこんなに話してしまって。でも、話せて良かったです。随分と気持ちがすっきりしました」
「ワタシも。なんか今までシェリッサとはこんなに話したこと無かったね。うん、やっぱりワタシも話せて良かったよ。アイツとだとなんかいつもすぐ喧嘩腰になっちゃうから。普通の会話を忘れちゃいそうだったよ」
 この場にいないドロラータの事を思い出し、シェリッサはレスティンと顔を合わせ控え目に笑った。場にいない人の事であまり盛り上がるのはいささか気が咎めるからだ。
「やっぱり、こうやって会話するって大事だよね。ワタシももうちょっとパパと話し合っておくべきだったかなあ。なんて、これだけ旅を続けて今更って話だけど」
「いえ、良い事をするのに遅過ぎるなんてことはありませんよ。機会があれば積極的にするべきです」
 そんな機会があればいいね。そう言ってレスティンは笑った。
「でもさ、人間と魔族も戦う前に話し合ったり出来なかったのかな。話し合いで解決すれば一番平和的だし。もっとも、そんな甘くない事くらいは分かるんだけどね」
「そうですね……。もうどうして戦争が始まったのかもはっきり伝えられていませんし、今更話し合いも難しいのでしょうが。でも、その選択肢は放棄はしたくないですね」