BACK

 神殿を訪れたのはどれくらいぶりだろうか。そんな事は思いながら、シェリッサはトラヴィン主教の部屋へ入った。
「失礼します、シェリッサです」
 やや緊張した面持ちで入ると、部屋の様子にシェリッサは驚き胸が嫌な高鳴りをする。トラヴィン主教の部屋には、シェリッサもほとんど面識の無い人間が数名座して待っていたからだ。そのいずれも雰囲気や佇まいからして、自分より位階の高い人物ばかりである事が窺えた。更に異様なのは、昼間だというのに部屋はカーテンがかけられ薄暗くなっている事だった。まるで外から中の様子を窺わせないためのような不自然さだ。
「良く来たね、シェリッサ。突然呼び立ててすまなかった。さあ、そこへかけなさい」
 トラヴィン主教に促されるまま、空いていた椅子へ腰掛けるシェリッサ。そこで妙な配置になっている事に気付いた。シェリッサが座る椅子に対して、正面にはトラヴィン主教。そして左右から挟むように他の重職者達が並んで座っているのだ。これはまるで面接、いや尋問に近い状況である。
「こんな状況だから面食らっているだろうね。いやいや、申し訳無い。だがどうしても表沙汰には出来ない事でね。君もここでの事は内密に頼むよ」
「は、はい、分かりましたが……これは一体?」
「その前に話しておく事があるんだ」
 トラヴィン主教はひとつ咳払いをすると、シェリッサをじっと強く見詰めた。表情こそ普段の温和なものであるのだが、どこか威圧感を覚える所作である。
「君がエクスとの旅へ出る前に、ここへ来た時の事は覚えているね? あの時はもう一人、教会の星読みがいたと思うが」
「はい、覚えております。教会でも最古参の方で、その、私に出たあの相のお話を聞かせて頂きました」
 シェリッサに出た相とは、シェリッサがエクスの伴侶となれば二人のみならず聖霊正教会や世界中が幸福に包まれるといった内容だった。今となってみれば、とても世間には公表出来ない内容である。
「その星読みの彼だがね。とても残念な事に、このたび聖霊正教会から正式に背教者に認定されることになったよ」
「え? 背教……」
 背教者とは、文字通り教会の教えに背いた異端の認定である。だがシェリッサは言葉や制度は知っているが、実際に認定された前例は知らなかった。少なくとも近代では一度としてない。信徒が教義に背く事があっても、それを理解し諭して改心させ正しく導く事が務めであると教えられてきたからである。背教者とは教会がどう苦心しようとも更正出来なかったということ、裏を返せば信徒が籍を置いたまま教会へ徹底的に逆らうような事態は有り得ないのである。
「エクスは創世の女神に選ばれし勇者である。彼はその読みを頑なに撤回しなかったのだよ。そう、アリスタン王朝に反逆したエクスの事をね」
 星読みを認められる人間は非常に稀である。天体の動きから神託を受け未来を読む。女神の御心の末端へ触れられるのは、敬虔な信仰と生まれながらの愛が必要と考えられているからだ。そんな人間の見た相が異端であると、少なくともこの場に集められた信徒達は考えている。勇者の称号を否定しているのだ。アリスタン王朝の後追いの形で。
 異端として背教者に認定された者がどのような末路を漂うのか。そこまでは司祭であるシェリッサも聞いたことが無かった。だが少なくとも、この部屋に集まる重職者の威圧的な雰囲気からは穏やかさを感じ取れない。
「さて。とても訊きにくい事だが、とても大事な事なんだシェリッサ。教会の行く末にも関わる事だからね。だから慎重に答えて欲しい。君は、エクスをどう思っているのかな?」
 エクスをどう思っているのか。シェリッサにとって答えは一つしかない。確かにきっかけは星読みによるエクスとの運命であるが、今はもう星読みの相など全く関係無くエクスへ想いを寄せている。添い遂げる事を自らの意思で考え決めているのだ。
 自分はエクスを愛している。
 だがその言葉を主教を初めとする重職者達は、口に出して欲しくはないと露骨にシェリッサを威圧してくる。シェリッサにはエクスを否定する言葉を述べる事が求められているのだ。
 もし自分が素直に心の内を発言すればどうなるのか。シェリッサの鼓動が高鳴る。