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 ケアリエル少佐は意識を取り戻すや否や、ベッドを降りてテントの外へと出る。それに気付いた見張り役の男は、背筋を伸ばした姿勢で整った敬礼をする。
「僕はあれからどうしていました?」
「少佐殿は三時間ほど眠っておいででした。負傷については既に治療済みです。ただ魔力の消耗が激しいので、もう少しお休みになられては」
「いや、大丈夫だ。ところでエクス殿は?」
「お仲間と共に、中央で食事をしております。その、親衛隊の方々が招待されたようで」
「うん、良かった。丁度エクス殿とは話がしたい気分だったから」
 ケアリエル少佐はキャンプの中央へと向かっていった。普段なら転移魔法ですぐ移動出来るのだが、今はそれすらも辛いほど体が消耗していた。エクスとの一騎打ちで本当に限界まで魔力を絞り出し切ったからだ。ここまで疲労したのは生まれて初めての経験である。だがこの重苦しい疲労感も、不思議と心地良く感じた。
 歩いているケアリエル少佐に気付いた者達は、たちまち姿勢を正して敬礼をする。その様子に気付き何事かと振り返った者も、ケアリエル少佐の姿を見て同じように敬礼する。この巨大な一軍はケアリエル少佐一人の存在に酷く敏感だった。誰しもが姿を見るや敬礼するのは軍の規則であるが、それ以上に格上の者には無条件で従う魔族の本能が窺える光景でもあった。誰もがケアリエル少佐に敬礼はするものの、一人として話し掛けて来る者はいない。訊ねられた事にしか答えようとしないのだ。
 やがてキャンプ中央に辿り着くと、そこでは二つのテーブルで向かい合うようにエクス一行と親衛隊の面々が座り、その周りを兵達がやや距離を取りながら囲んでいた。テーブルの上には糧食にしては豪勢な食事が並べられていて、夕食を取りながら和やかにとまではいかないものの、エクスを中心に会話を交わしているようだった。
 ケアリエル少佐の存在で兵達の壁が一斉に左右に割れて道を作る。その所作でエクス達もケアリエル少佐の存在に気付いた。場の空気が緊張感で凍りつく。勝敗は決したが、ケアリエル少佐がエクスと再び相対してどのような反応を見せるか分からないからだ。
「おお! もう動いても大丈夫なのか!」
「優秀な部下達の手篤い治療がありましたので。そちらこそ、怪我の酷さは僕以上だったのでは?」
「ハッハッハ、それこそ俺にも頼もしい仲間の手当てがあったからな!」
 ケアリエル少佐はエクスと向かい合うようテーブルの真ん中へ座る。親衛隊はすぐさまケアリエル少佐の分の食事を用意させる。ひとまず二人は警戒していたよりも遥かに友好的だった。唐突としか思えない決闘に応じた同士だっただけに、他者には理解できない二人だけの世界観というものがあるのだろう。
「軍務中ですので、お酒はありません。ひとまずただの水になりますが」
 エクスとケアリエル少佐はまるで友人のように親しげに乾杯をし、夕食会さながらに和やかな雰囲気での会話を始めた。昼間は命の奪い合いのような激闘を繰り広げた二人とは思えない光景である。
 周囲から遠回しに見守られる中、二人はさもない会話を交わして盛り上がった。人間と魔族では価値観も大きく異なるはずだが、そんな事は意に介していないとばかりに二人は談笑に花を咲かせる。人間離れしているエクスは、価値観が魔族に近いのだろうか。そんな懸念すら持ってしまう。エクスとケアリエル少佐の仲が険悪にならないのはありがたい事ではあるが、仲良くなればなったでまた新たな不安感を抱いてしまう。
 完全に打ち解けた様子で談笑する二人、ふとケアリエル少佐がエクスへ質問を投げかけた。
「実は、以前から訊いてみたいと思っていたことがありまして」
「ん? 何かな? 俺に分かることなら遠慮無く」
「魔王と戦ったそうですが、どのような戦いでした?」
 その質問に、その場にいた全員が一斉に耳を澄ませた。それは誰もが興味を抱かずにはいられない話題である。魔族側にどう伝わっているかは分からないが、少なくとも人類側ではどれも脚色がされ過ぎてフィクション寄りの内容になってしまっている。エクスが自ら話す事もないため今まで訊ねるのは遠慮していたが、本人の口から語られるのであれば是非とも聞いておきたい話題だ。
「魔王、か。そうだね、なんだかもう随分昔の出来事のように思えるなあ」
 やはり魔王との戦いはエクスにとって特別なエピソードなのだろう。おもむろにエクスは視線を外して夜空を仰いだ。
「魔王はね、確かに強かったよ。武器は何を使っても達人のように使いこなし、そこには様々な魔法が乗っかって来て。途中何度か殴り合いになったけれど、素手でも強かったなあ。とにかく必死の戦いだったよ。どっちが先に倒れるか、意地のぶつかり合いだね。一歩も退きたくなくて、隙あらば前へ前へと出るような無茶な戦い方だった。そのせいで当時の仲間には随分と酷い目に遭わせてしまった。それである程度戦ってくると、お互い手の内を全部晒し切ってしまってね。段々と膠着状態に陥るんだ。消耗戦だったのが、段々心理戦に入ってきて。俺からすると、そこからが特に辛かったなあ。読み合いや探り合いは本当に苦手だったから」