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 ケアリエル少佐にドロラータ、レスティン、シェリッサ、それだけでなくこの場に居合わせた全ての者がエクスの語る魔王との戦いに聞き入っていた。エクスの話し方は決して上手なものではなかったが、それ以上に魔王との戦いそのものに興味を強く惹かれていた。
「お互い疲れ果てていたからね、とにかく段々と無駄な動きが出来なくなったんだ。それで決定打を打ち込むため隙を探り合うんだけれど、結局俺は一度も魔王を出し抜けなかったんだ。相手には何度も意表を突かれたのに。力は互角だけど、頭の良さはやっぱり向こうが上手だったみたいで」
 そうばつの悪そうに笑うエクス。
 だが今の話には少し引っ掛かる所があった。お互い決定打を狙っていたのにエクスだけ何度も意表を突かれたということは、エクスは何度も魔王から決定打を打ち込まれたという事になる。そう、決定打を何度も、だ。
「このままじゃ読み負ける一方だと思ってね、それで結局俺は探り合いに付き合わない事にしたんだ。とは言っても、単なる思考の放棄かな。とにかく相手の出方を良く見て、反応と反射で応戦する感じかな。だけどそれが逆に功を奏したみたいで。俺の反応が魔王の想定を上回ったのか、最後に繰り出した剣で貫く事が出来てね。それが決着だよ。まあ、何というか、運任せみたいなものだったかも知れない。あんまり格好良くない話で恐縮だ」
 そしてエクスは気恥ずかしそうに頭を掻いてコップの水を飲んだ。
 話が終わり、周囲が少しざわつく。勇者と魔王の一騎打ちの話が、想像していたよりも遥かに泥臭く締まらない終わり方をしていた事で、自分の解釈がおかしいからなのかと周囲と認識を合わせずにはいられなかった。実際歴史を大きく揺るがした事件ではあるが、世間に伝わるのは激しく脚色したものばかりで、実際の内容はこんなものなのだろうという落胆の念が禁じ得ない。
「最後は意地の勝負、気持ちの僅かな差で勝利をもぎ取ったという事ですね」
「結果的にはそうなっただけかな。ま、これもひとえに創世の女神様の加護の賜物だね。幾ら感謝しても足りない程さ」
 そう笑うエクスだが、流石にケアリエル少佐も加護で済む話なのかという疑問の色を浮かべている。やはり直接エクスと戦った当人だから、加護などと曖昧な事では説明のつかない何かを感じ取っているのだろう。
「なるほど……ところで不躾な質問をさせて頂きますが。では、その、率直なところ、僕とはどちらが強かったでしょう?」
「キミと魔王とで? うむ、どちらも強かったから選ぶのは難しいな。戦い方は違っているけれど、共通することは俺が偶々勝てた事だけだ」
「それでは更に別の訊ね方をさせていただきましょう。僕と魔王、もし戦ったらどちらが勝つでしょうか?」
 急に何を言い出すのか、そう兵士達が静かに狼狽える。その質問はまるで、かつての魔王にケアリエル少佐が弓を引くような意味に聞こえるからだ。
「キミと魔王が戦ったら……うーん、なかなか難しい質問だ」
「あまり深く考えないで頂いて結構ですよ。今となっては確かめる事も出来ませんから」
 その発言に更に兵士達がどよめく。どよめく理由にケアリエル少佐本人が気づいていないはずはない。それでも撤回せずエクスに答えを求めるのは、ケアリエル少佐が本気で魔王と自分の力量差を比べようとしているからだ。そして比べる理由は一つしかない。ケアリエル少佐は魔王存命の頃からなのかそれとも今になってか、自分と魔王の実力を比べようと、戦ったらどちらが勝つのかを気にしているのだ。
「正直なところ、どちらも強かった! 俺にはとても甲乙つけがたい! あえて差を付けるとするなら、殺し切らせなかったキミの方が僅かなりとも強かったかな?」
 そう笑うエクス。しかし周囲のざわつきは一層大きくなる。どちらが上かとはっきりしない答えに納得がいっていない様子だった。かと言って、部隊の長であるケアリエル少佐の手前、その不満を直接伝えることも出来ないでいる。
「なるほど、僕は魔王と大差なかったと言うことですか。自分で訊ねておいて何ですが、聞きたかったような聞きたくなかったような複雑な心境です」
「すまない、あくまで俺の主観での評価だから、あまり真に受けないでくれ」
「いえ、そんな事ありませんよ。十分です。ただ、もっと早く僕が自分の力を信じて立ち上がっていればと思っただけですから」
「立ち上がって?」
 そう問い返されたケアリエル少佐は、こくりと一つ頷いた。
「あなたが倒したあの魔王。彼が我々魔族のほとんどからは心底嫌われているが、それでも従えさせるほどの実力者でもあった事はご存知ですよね」
「話くらいは聞いているぞ」
「魔族の文化とでも言いましょうか、どんなに法体系が整備されようが強い者に従うという根本的なルールが魔族全体に染み込んでいます。そのため魔王の横暴を止めるには、魔王そのものを倒さなければいけません。僕はその決心をなかなかつける事が出来ませんでした。まあ単純に自分の力に自信が無かった臆病者という事です」
「となると……キミにとっての仇敵を俺が横からかっさらってしまった事になるな。これは本当にすまないことをした」
「いえ、良いんですよ。それにこういう事は早い者勝ちと相場が決まっているものですから」